フリーマン柴賢二郎の流儀
~そよ風に吹かれて、ゆっくりと歩いていこう~
世の中に起きている不思議なことや、独り言などをゆる~く書き綴る。
何の専門家でもない私が経済的自由を得て、人生のこと、世の中のこと、
幸せについてなど、一般庶民の目線で考える。
個別株の難しさと期待利回り――高いリターンを求めるほど、見えないリスクが増えていく
株式投資を始めると、多くの人が一度は「個別株」に興味を持つようになる。
S&P500や全世界株式オールカントリーのようなインデックスファンドなら、基本的には市場全体に投資する。一方、個別株なら「この会社は伸びる」と思った企業に、自分の判断で集中して投資できる。
もし予想が当たれば、大きな利益を得られる可能性がある。
しかし、ここに個別株の難しさがある。
大きな利益を狙えるということは、それだけ大きな判断を求められるということでもある。
個別株は「会社を選ぶゲーム」ではない
個別株投資というと、「どの会社の株が上がるかを当てること」だと思われがちである。
しかし、実際にはそれほど単純ではない。
優良企業だからといって、必ず株価が上がるわけではない。
素晴らしい商品を持っていても、すでに株価にその期待が織り込まれていれば、それ以上上がらないこともある。
逆に、業績が悪いと思われていた企業が、予想を上回る改善を見せれば株価が急上昇することもある。
つまり個別株では、
「良い会社か」だけではなく、
「その会社の価値に対して、現在の株価は高いのか、安いのか」まで考えなければならない。
ここが難しいところである。
期待利回りは「保証された数字」ではない
投資を考えるとき、「年5%くらいで運用したい」「10%を期待したい」というように、期待利回りを考えることがある。
しかし、この「期待」という言葉は非常に重要である。
期待利回りとは、将来必ず得られる利回りではない。
たとえば「この株なら年8%くらい期待できる」と考えたとしても、実際にはマイナス30%になるかもしれない。
逆に、20%、30%の利益になる可能性もある。
つまり、期待利回りとは、
将来の結果を約束する数字ではなく、さまざまな結果の可能性を考えたうえでの平均的な見込み、にすぎない。
ここを理解していないと、「8%を期待していたのに、なぜ下がるのか」という不満につながってしまう。
高い期待利回りには、高い不確実性がある
一般的に、高いリターンを期待するほど、不確実性も大きくなる。
銀行預金のように元本が保証されているものに、高い利回りを期待することは難しい。
一方、個別株なら大きな値上がりを期待できる反面、大きな値下がりもあり得る。
さらに個別企業には、会社固有のリスクがある。
経営者の問題、競争相手の登場、商品の失敗、規制変更、不祥事、為替、原材料価格など、さまざまな要因によって業績が変化する。
市場全体に投資していれば、一社の問題が全体を直撃することは比較的避けやすい。
しかし個別株では、一社の問題がそのまま自分の資産に跳ね返ってくる。
個別株を買う前に、一度考えてみたい問いがある。
「自分は、この会社のことを本当に理解しているだろうか」
売上高や利益だけを見るのでは足りない。
その会社は何で利益を上げているのか。
競争相手は誰なのか。
その事業は10年後にも世の中に必要とされるのか。
借金は多すぎないか。
経営陣は株主を大切にしているか。
現在の株価には、どの程度の成長期待が織り込まれているのか。
こうしたことを考えていくと、個別株投資にはかなりの勉強が必要であることが分かる。
そして、勉強すればするほど、「自分には分からないことがまだまだ多い」と気づく。
実は、この感覚こそが重要なのかもしれない。
投資では、「何%儲かるか」ばかりに目が向きやすい。
しかし、本当に考えるべきなのは、
「どれくらいの損失なら、自分は耐えられるのか」ということでもある。
期待利回りが高くても、半値になったときに耐えられず売却してしまえば、期待したリターンを得ることはできない。
逆に、期待利回りがそれほど高くなくても、長期間保有できる投資なら、結果的に大きな資産形成につながることもある。
投資において重要なのは、最大のリターンを追い求めることではなく、自分が長く続けられるリスクの範囲内で、十分なリターンを狙うことである。
また、個別株で成功すると、「自分には銘柄選びの才能がある」と思いこみやすい。
しかし、一度うまくいったことと、長期間にわたって市場を上回り続けることとは別問題である。
株価が上がった理由が、本当に自分の分析によるものだったのか、それとも単なる運だったのか。
これは後からでは簡単には分からない。
だからこそ個別株投資には、自信だけでなく謙虚さが必要なのだと思う。
「自分の予想は外れるかもしれない」
そう考えておくことで、分散投資をしたり、投資金額を抑えたり、損失を受け入れる準備をしたりできる。
結局、投資で大切なのは「どれだけ儲けられるか」だけではない。
どれだけ間違えても、投資を続けられる状態をつくれるかということでもある。
個別株には、インデックス投資にはない面白さがある。
企業を調べ、社会の変化を読み、自分なりの仮説を立てる楽しさもあり、そして様々な学びもある。
しかし、その面白さと難しさは表裏一体である。
高い期待利回りを求めるほど、自分が引き受ける不確実性も大きくなる。
だからこそ、「年何%を目指すか」だけではなく、「そのためにどこまでのリスクを引き受けられるか」を考えておきたい。
投資とは、未来を当てるゲームではない。
分からない未来と付き合いながら、自分にとって納得できるリスクとリターンの組み合わせを探していく行為なのである。
そして、その答えは人によって違う。
個別株を積極的に選ぶ人もいれば、インデックスファンドを淡々と持つ人もいる。
どちらが正解ということではない。
自分が理解できる範囲、自分が耐えられる範囲、自分が長く続けられる範囲。
その三つの重なるところに、自分にとっての「ちょうどよい投資」があるのではないだろうか。
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