フリーマン柴賢二郎の流儀
~そよ風に吹かれて、ゆっくりと歩いていこう~
世の中に起きている不思議なことや、
ふと浮かんだ疑問などをゆる~く書き綴る。
何の専門家でもない私が経済的・時間的・人間関係の自由を得て、
人生のこと、世の中のこと、幸せについてなど、
一般庶民の目線で考える。
死刑制度はなぜ存在するのか――歴史と世界の考え方から見えてくるもの
「死刑制度は必要なのか。」
この問いは、世界中で長年議論され続けているテーマである。
犯罪被害者やその遺族の心情、犯罪抑止の効果、人権の尊重、司法制度への信頼など、さまざまな価値観が複雑に絡み合うため、簡単に答えを出せる問題ではない。
本稿では賛成・反対を論じるのではなく、日本の死刑制度がどのような歴史の中で生まれ、世界ではどのような考え方の違いがあるのかを見ていきたい。
死刑制度の歴史は非常に古い
死刑は、人類最古の刑罰の一つと言われている。
古代メソポタミアの「ハンムラビ法典」には、「目には目を、歯には歯を」という有名な考え方が記されており、重大犯罪には死刑が科されていた。
日本でも古代から死刑は存在していたが、時代によって運用は大きく変化してきた。
奈良時代に制定された大宝律令では死刑が定められていたものの、平安時代前期には約350年間、事実上ほとんど死刑が執行されなかった時期もある。
これは仏教思想の影響や政治的な事情が背景にあったと考えられている。
しかし武士の時代になると社会秩序の維持が重視され、死刑は再び広く用いられるようになった。
江戸時代には斬首、磔(はりつけ)、火あぶりなど、現在では考えられないような刑罰も存在していた。
現代日本の死刑制度
現在の日本の死刑制度は、戦後に施行された刑法や刑事訴訟法に基づいて運用されている。
死刑判決が確定しただけでは直ちに執行されるわけではなく、長期間収容される場合も少なくない。
また、日本では「絞首刑」という方法が法律で定められている。
対象となる犯罪も非常に限定されており、多数の命を奪った殺人事件など、極めて重大な犯罪に適用されるケースがほとんどである。
近年では裁判員制度が導入されたことで、市民も重大事件の判断に関わるようになり、死刑判決に対する社会的な関心はさらに高まっている。
世界では廃止する国が増えている
世界に目を向けると、死刑制度を完全に廃止した国は年々増えている。
ヨーロッパではほぼ全ての国が死刑を廃止しており、欧州連合(EU)へ加盟する条件の一つにも「死刑制度を廃止していること」が含まれている。
その背景には、「たとえ国家であっても命を奪うべきではない」という人権思想が強く根付いていることがある。
また、裁判で誤った判決が下された場合、一度執行された死刑は取り返しがつかないという「えん罪」の問題も、廃止を後押しする大きな理由となっている。
一方で死刑を維持する国もある
しかし、世界には今なお死刑制度を維持している国も少なくない。
日本、アメリカの一部州、中国、インド、シンガポールなどが代表例である。
これらの国では、
・重大犯罪への厳正な処罰
・犯罪抑止への期待
・被害者や遺族感情への配慮
・社会秩序の維持
などが死刑制度を維持する理由として挙げられる。
日本でも世論調査では、長年にわたり死刑制度を容認する意見が多数を占める傾向が続いている。
これは、日本人が重大犯罪に対して厳しい責任を求める意識を持っていることの表れとも言えるだろう。
正解のないテーマだからこそ考え続ける
死刑制度ほど、「命」と「正義」について考えさせられる制度はない。
犯罪者にも人権はあるという考え方。
一方で、奪われた命は二度と戻らず、被害者や遺族の苦しみは生涯続くという現実。
さらに、犯罪抑止効果についても世界中でさまざまな研究が行われているが、決定的な結論は出ていない。
つまり、この問題には誰もが納得できる唯一の正解は存在しないのである。
だからこそ重要なのは、「賛成だから」「反対だから」と結論だけを見るのではなく、それぞれの立場にどのような歴史や価値観があるのかを知ることである。
社会の仕組みを理解する第一歩は、自分とは異なる考え方にも耳を傾けることから始まる。
死刑制度は、そのことを私たちに静かに問い続けているテーマなのかもしれない。
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