人は、なぜ医者を目指すのか。――「命を救いたい」の、その先にあるもの

フリーマン柴賢二郎の流儀

~そよ風に吹かれて、ゆっくりと歩いていこう~

世の中に起きている不思議なことや、独り言などをゆる~く書き綴る。

何の専門家でもない私が経済的自由を得て、人生のこと、世の中のこと、

幸せについてなど、一般庶民の目線で考える。

 

人は、なぜ医者を目指すのか。――「命を救いたい」の、その先にあるもの

 

「将来は医者になりたい。」

 

子どもの頃からそう語る人は少なくない。

 

医者といえば、高い専門知識を持ち、人の命を救う仕事である。社会的信用も高く、収入も安定している。そのため、「頭がいいから」「親が医者だから」「収入が高いから」といった理由で語られることも多い。

 

しかし、本当にそれだけで十年以上に及ぶ厳しい勉強と研修を乗り越えられるだろうか。

 

人は、もっと深いところにある何かに突き動かされて、その道を選ぶのである。

 

医者を目指す人に共通して見られる価値観の一つは、「人の苦しみを減らしたい」という思いである。

 

病気やけがは、本人だけでなく家族の人生まで大きく変えてしまう。

 

苦しそうにしている人を前にすると、自分には何もできない。その無力感を強く感じた経験を持つ人も少なくない。

 

だからこそ、「今度は助ける側になりたい」と考えるのである。

 

その背景には、人の役に立ちたいという優しさがある。

 

しかし、それだけではない。

 

医者を目指す人には、「自分にしかできないことを身につけたい」という思いも強く見られる。

 

知識と技術を磨き続けることで、一人ではどうにもならない命を救える可能性が生まれる。

 

そこには、専門性への憧れと、自分自身を高め続けたいという成長欲求がある。

 

医療は、知識だけでは成り立たない。

 

患者は病気だけを抱えているわけではない。不安や恐怖、家族への心配、仕事への焦りなど、さまざまな感情を抱えて診察室を訪れる。

 

だから医者には、病気を見る力だけでなく、人を見る力も求められる。

 

同じ病気でも、人によって必要な言葉は違う。

 

励ましが必要な人もいれば、静かに話を聞いてほしい人もいる。

 

医者とは、人間そのものを理解しようとする仕事でもあるのである。

 

一方で、医者という仕事は決して華やかなことばかりではない。

 

昼夜を問わない勤務。

 

重い責任。

 

どれほど努力しても救えない命。

 

最善を尽くしても感謝されないこともある。

 

命を扱う仕事だからこそ、常に「もし自分の判断が間違っていたら」という緊張と隣り合わせで生きている。

 

それでも医者を続ける人がいる。

 

そこには、「完璧だから続けられる」のではなく、「それでも向き合いたい」という覚悟がある。

 

興味深いのは、医者を目指す人には「知りたい」という欲求が非常に強い人が多いことである。

 

人体は、今なお分からないことだらけである。

 

同じ病気でも症状は一人ひとり違い、同じ治療でも結果は変わる。

 

医学は絶えず進歩し、新しい発見が生まれ続ける世界である。

 

つまり、医者とは「学び終える日がない職業」なのである。

 

だからこそ、勉強そのものを苦痛ではなく喜びとして感じられる人ほど、この仕事に向いているのかもしれない。

 

もちろん、医者を目指す理由は人それぞれである。

 

幼い頃に自分や家族が病気を経験した人。

 

尊敬できる医師との出会いがあった人。

 

最先端の医学研究に魅力を感じた人。

 

社会に大きく貢献できる仕事を求めた人。

 

どれも間違いではない。

 

どの入り口から始まったとしても、その先で多くの命と向き合うことになる。

 

そして、その経験は、その人自身の人生観を少しずつ変えていく。

 

命には終わりがある。

 

健康は決して当たり前ではない。

 

人生は思い通りにならない。

 

医者という仕事は、毎日のようにその現実と向き合う仕事でもある。

 

だからこそ、多くの医者は、人の命の重さだけでなく、「今日を生きられること」の尊さを誰よりも知っているのではないだろうか。

 

人は、自分が大切だと思うもののために人生を使う。

 

ある人は、人の命を守るために医者になる。

 

またある人は、子どもを育てるために教師になる。

 

社会の仕組みを支えるために公務員になる人もいれば、人々の暮らしを豊かにするものづくりに人生を懸ける人もいる。

 

どの道にも、それぞれの使命がある。

 

医者という道は確かに尊い。

 

しかし、それだけが尊い人生ではない。

 

命を救う人がいるから社会は成り立つ。

 

同時に、その命が安心して暮らせる社会を支える無数の仕事があるからこそ、人は生きていけるのである。

 

大切なのは、「医者になること」ではない。

 

自分は何を大切にし、何のために人生を使いたいのか。

 

その問いに、自分自身の言葉で答えられることである。

 

人は皆、それぞれ違う使命を持って生きている。

 

その違いがあるからこそ、社会は豊かになり、人は互いに支え合って生きていけるのである。

 

 

 

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