フリーマン柴賢二郎の流儀
~そよ風に吹かれて、ゆっくりと歩いていこう~
世の中に起きている不思議なことや、独り言などをゆる~く書き綴る。
何の専門家でもない私が経済的自由を得て、人生のこと、世の中のこと、
幸せについてなど、一般庶民の目線で考える。
【ネパール土石流】地球温暖化がもたらす理不尽な現実が突きつけるもの
2026年8月、ネパールで多くの尊い命が失われる巨大な土石流災害が発生した。
ニュースで流れるショッキングな映像を見て、胸を締め付けられた人も多くいたはずだ。
日本に住む私たちは、一見すると「遠い国の悲しい自然災害」に思えるかもしれない。
しかしその背景を掘り下げていくと、そこには私たち自身の暮らしや地球温暖化、そして極めて不条理な構造が横たわっているのである。
今回の出来事を通して、何が起きたのか、なぜ起きたのか、そして私たちがどのように考えなければならないのかを整理していく。
- 2026年8月、ネパールで何が起きたのか?
2026年8月26日の朝、首都カトマンズの北側に位置する山岳地帯で、標高の高い岩盤と巨大な氷河が同時に崩落した。
落差約1,200メートルを猛スピードで滑り落ちた巨岩と氷は、摩擦熱で自ら融けながら土砂と水を巻き込み、猛烈な「土石流(デブリ流)」へと姿を変えた。
それが川をせき止め、やがて一気に決壊。
下流にある村々や道路、水力発電施設を丸ごと飲み込んだのだ。
この災害によって、ネパールと中国(チベット)を合わせて1,300人以上の死亡が確認され、5,000人以上が行方不明という甚大な被害が出た。
- なぜこれほどの大惨事になったのか?
被害がここまで拡大したのには、大きく分けて4つの理由がある。
・元々もろかった地盤
2015年に起きたネパール大地震の影響で、山には無数の目に見えないヒビが入っていた。
・無計画な開発
十分な調査をしないまま、川沿いや急斜面に道路や発電所を造り、人が集まっていた。
・河川のせき止めと決壊
落ちてきた土砂と氷が川を塞ぎ、それが一気に崩れたことで破壊力が増した。
・地球温暖化による「氷の融解」
最も根本的な要因がこれだ。山全体を強力な接着剤のように固めていた「永久凍土」や氷河が、気温上昇によって溶けてしまったのだ。
山のもろさや開発の影響もあるが、引き金を引き、被害を破壊的な規模にまで押し上げたのは、間違いなく地球温暖化である。
- 温室効果ガスを出してきたのは誰か?
地球温暖化は、いつから、どこが原因で広がったのだろうか。
歴史を振り返ると、18世紀の産業革命以降、石炭や石油を大量に燃やしてきたのはアメリカやヨーロッパなどの先進国だ。大気中に溜まった二酸化炭素(CO2)の約半分は、これら先進国が過去170年間に出してきたものである。
一方で、2000年代に入ると中国やインドなどの新興国が急速に工業化し、現在の「年間排出量」では大きな割合を占めるようになった。
つまり、過去に豊かさを求めて大量にCO2を出してきた国々と、現在進行形で急成長している国々の手によって、地球の温度は上がり続けている。
- 「気候の不公正」という残酷な現実
ここで一つの理不尽な現実が浮かび上がる。
ネパールのような国は、CO2をほとんど排出していない。車を何台も所有したり、大量の電気を消費したりする生活をしていない人々だ。
それにもかかわらず、地球温暖化による最も悲惨な被害を受けるのは、いつもこうした排出量の少ない地域の人々である。
これを「気候の不公正(気候的正義の欠如)」と呼ぶ。
この双方の現地で暮らす「ごく普通の市民」の心情を想像してみると、非常に切ない。
・被害を受けた地域の人々
「なぜ自分たちがこんな目に遭うのか」という猛烈な理不尽さと無力感に苛まれる。先祖代々の土地を一瞬で奪われ、世界から見捨てられているような孤立感を抱く。
・CO2を出してきた地域(先進国など)の人々
悪気があって暮らしているわけではないため、日常の暮らしが遠くの惨事につながっていると言われてもピンとこない。それを知ったとして罪悪感を覚えつつも、「自分たちも日々の物価高や生活で一杯一杯だ」という余裕のなさを抱えている。
どちらの市民にも直接の悪意はない。
だからこそ、この問題は深い分断と悲しみを生み出している。
- まとめ:私たちが持ち続けなければならない視点
これほどまでに悲惨で残酷な状況を踏まえ、全人類が持ち続けなくてはならない視点とは何だろうか。
それは、以下の3つに集約される。
- 「目に見えない繋がり」を意識する倫理感
CO2をほとんど排出していない人々が、最も深刻な被害を受ける構造的な理不尽から目を背けてはならない。
遠くの国のニュースを「かわいそうな他人事」として見るのではなく、自分たちの快適な暮らしや経済活動の延長線上で起きている現実として捉える姿勢が必要だ。
- 国境や世代を超えた「ひとつの船に乗っている」という認識
気候変動のリスクから逃げ切れる人や地域は、地球上に存在しない。
今日のネパールの悲劇は、明日の日本の豪雨であり、未来の都市の姿かもしれない。
「自分たちさえ良ければいい」「今さえ良ければいい」を捨て、国境や世代を超えたひとつの運命共同体としてリスクを分かち合う視点が求められる。
- 「諦め」を「行動」に変える姿勢
巨大すぎる問題を前にすると「自分ひとりでは何も変わらない」と諦めたくなる。
しかし諦めは、被害の拡大をそのまま許すことと同じだ。
悲しみや怒りを無力感で終わらせず、持続可能な選択肢を選んだり、地球の裏側で起きていることに心を寄せ続けたりする「小さな連帯と行動」へ変えていくことが大切である。
誰かの犠牲の上に成り立つ豊かさは決して長続きしない。
この痛切な教訓を胸に刻み、想像力を持ち続けることこそが、今を生きる私たち全員に求められているのだ。
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