フリーマン柴賢二郎の流儀
~そよ風に吹かれて、ゆっくりと歩いていこう~
世の中に起きている不思議なことや、独り言などをゆる~く書き綴る。
何の専門家でもない私が経済的自由を得て、人生のこと、世の中のこと、
幸せについてなど、一般庶民の目線で考える。
バブル時代の日本はどれほど異常だったのか?土地神話・株価・就職・ブランド品に沸いた熱狂の時代を振り返る
1980年代後半、日本は空前の好景気に包まれていた。
「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と呼ばれ、日本経済は世界の頂点に立つ勢いだった。街には活気があふれ、人々は未来に対して何の疑いも抱いていなかった。
現在では「失われた30年」と呼ばれる長い停滞期を経験した日本だが、その直前には、まるで夢のような時代が存在していたのである。
しかし、今振り返ると、その熱狂ぶりは常識では考えられないほど異常なものだった。
土地は絶対に値下がりしない
バブル時代を象徴する言葉が「土地神話」である。
「土地は限られているのだから、価格は永遠に上がり続ける。」
多くの人が本気でそう信じていた。
銀行も土地を担保に積極的に融資を行い、企業も個人も競うように土地を買い漁った。
今日より明日の方が高く売れる。
だから借金をしてでも土地を買った方が得だと考えられていたのである。
当時は「東京23区の土地だけでアメリカ全土が買える」とまで言われ、日本の地価は世界でも突出した水準にまで膨れ上がっていた。
今では到底信じられない話である。
株価も天井知らず
土地だけではない。
株価も異常な勢いで上昇した。
1989年12月29日、日経平均株価は史上最高値となる38,915円を記録する。
企業の業績だけでは説明できないほど株価は上昇し、「株は持っているだけで儲かる」という空気が日本中に広がっていた。
会社員はもちろん、主婦や学生まで株式投資を始めるほどであった。
今でいう「FOMO(乗り遅れる恐怖)」が社会全体を支配していたと言ってもよい。
就職は超売り手市場
現在は就職氷河期や人手不足が話題になることが多いが、バブル時代は学生が圧倒的に有利だった。
企業は優秀な学生を確保するため、高級ホテルで会社説明会を開催したり、高価なお土産を配ったりしていた。
内定辞退を防ぐために社員が学生と食事をしたり、旅行へ連れて行ったりする企業まで存在した。
「会社が学生を選ぶ」のではなく、「学生が会社を選ぶ」時代だったのである。
今では考えられないような採用競争が繰り広げられていた。
給料もボーナスも増え続けた
景気が良かったため、多くの企業では給与も賞与も毎年のように増えていった。
終身雇用と年功序列が当たり前であり、「一度会社に入れば一生安泰」という安心感もあった。
住宅ローンを組むことにも抵抗がなく、多くの人が若いうちにマイホームを購入していた。
将来への不安よりも、「これからもっと豊かになる」という期待の方が大きかったのである。
高級車とブランド品が成功の象徴
当時は「豊かさを見せること」が一種のステータスだった。
高級車ではベンツやBMW、セルシオ、シーマなどが人気を集め、「いつかはクラウン」という言葉も流行した。
女性の間ではルイ・ヴィトンやシャネル、エルメスなどのブランドバッグが大人気となり、海外旅行へ行って大量に買い物をする人も少なくなかった。
海外旅行そのものもブームとなり、日本人観光客が世界中で爆買いをする姿が珍しくなかったのである。
ジュリアナ東京が象徴する熱狂
バブル時代を象徴する存在として欠かせないのが「ジュリアナ東京」である。
豪華なディスコには連日多くの若者が集まり、ボディコン姿の女性や扇子を振って踊る姿がテレビで連日のように放送されていた。
夜の街は活気にあふれ、高級レストラン、高級ホテル、ゴルフ会員権、リゾートマンションなど、高額な消費が当たり前のように行われていた。
「お金を使うこと」が景気の良さを象徴していた時代だったのである。
なぜ誰も異常だと思わなかったのか
今の私たちから見ると、明らかに異常な社会に映る。
しかし、当時を生きていた人々にとって、それは日常だった。
周囲のみんなが土地を買い、株を買い、高級車に乗っている。
テレビや新聞も日本経済の明るい未来を伝え続けていた。
人は周囲と同じ行動を取ることで安心する生き物である。
そのため、「これはおかしいのではないか」と立ち止まって考えられる人は、ごく少数だった。
熱狂の渦の中では、冷静な判断を保つことは非常に難しいのである。
まとめ
バブル時代は、日本が最も豊かだった時代として語られることが多い。
しかし、その豊かさは「価格は永遠に上がり続ける」という期待の上に築かれた幻想でもあった。
そして、その幻想は1990年代に入り一気に崩壊し、日本は長い不況へと突入することになる。
長い歴史を振り返ると、市場の熱狂は幾度となく繰り返されてきた。
だからこそ、日本のバブル時代を学ぶ価値は大きい。
人々が幻想を信じ始めた時こそ、最も冷静な判断が求められるのである。
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