フリーマン柴賢二郎の流儀
~そよ風に吹かれて、ゆっくりと歩いていこう~
世の中に起きている不思議なことや、独り言などをゆる~く書き綴る。
何の専門家でもない私が経済的自由を得て、人生のこと、世の中のこと、
幸せについてなど、一般庶民の目線で考える。
賃上げの裏で「生活が苦しい」のはなぜ?2026年の賃金とインフレの構造から未来を考える
ニュースを開けば「3年連続で5%台の賃上げ」「最低賃金は全国平均で1,177円に到達」といった景気のいい見出しが並ぶ。数字だけを見れば、日本経済は着実に上を向いているように思える。
しかし、毎日のスーパーのレジで支払う金額を見つめ、電気代の請求書にため息をつく日常を送る私たちにとって、その明るいニュースはどこか遠い世界の出来事のようだ。「給料が上がったという実感がぜんぜんない」「相変わらず生活が苦しい」と感じる声は、今なお多く聞こえてくる。
この「数字の改善」と「生活の実感」の間には、いったいどんな背景や仕組みが隠されているのだろうか。
現在の日本が置かれた経済の現在地を紐解いていこう。
2026年の賃上げと最低賃金の現実
まず、今年(2026年)の賃金を取り巻く状況を確認しておこう。
今年の春闘における大手企業の平均賃上げ率は、定期昇給とベースアップを合わせて5.46%(平均で約1万9,964円増)を記録し、3年連続で5%台という高水準を維持した。さらに、厚生労働省が発表した2026年度の地域別最低賃金の全国加重平均は1,177円(現行から56円増)となり、着実に下駄が履かされている状態にある。
これだけ見れば、日本はかつての停滞から脱却し、右肩上がりの軌道に乗っているように見える。それにもかかわらず、多くの人が豊かさを実感できず、むしろ生活の厳しさを募らせているのはなぜなのだろうか。
なぜ「豊かさ」が感じられないのか
私たちが「苦しい」と感じる最大の理由は、「賃金の伸び」よりも「生活必需品のコスト(物価)」の負担増が家計を直撃し続けているタイムラグにある。
人間には、得た喜びよりも「失った痛み」を強く感じる心理的傾向(損失回避性)がある。毎日の買い物や光熱費など、生活に欠かせないコストが値上がりするショックは毎日のようにダイレクトに家計を襲うため、強烈なマイナスの記憶として刻まれる。
一方で、給与の額面が数千円〜数万円増えたとしても、それは毎月のルーティンの中に埋没しやすく、「生活が豊かになった」という強い実感には結びつきにくい。
さらに大きな問題は、この賃上げの恩恵が日本中の隅々まで行きわたっているわけではないという点だ。
大幅な賃上げの主役となっているのは主に大企業や一部の好業績企業であり、日本の労働者の多くを支える中小企業や非正規雇用の層へは、どうしても波及のタイムラグが生じる。原油高や原材料高を価格に転嫁しきれていない中小企業では、大企業のような思い切った賃上げが難しく、ボリュームゾーンである中間層の手取りは伸び悩んでいるのが実態だ。
インフレの仕組みと「追いかけっこ」の正体
そもそも、インフレという経済局面はどのようなプロセスで進むものなのだろうか。
本来の健全なインフレ(需要牽引型)であれば、「物価と需要が上がる → 企業の収益が増える → 賃金が上がる → さらに消費が回る」という好循環が生まれ、やがて賃金が物価の上昇を「追い越し」、人々が確かな豊かさを実感できるようになる。
しかし、現在私たちが直面しているのは、海外からの輸入コストやエネルギー高が原因の「コスト・プッシュ(費用押し上げ)型」のインフレだ。国内の景気が良くてモノが売れているわけではなく、外から強制的に仕入れ値が吊り上げられた状態からスタートしている。
そのため、企業も最初から潤っているわけではなく、賃金の原資を捻出するのに時間がかかる。つまり、「物価上昇というパンチ(負担)が先に家計を直撃し、賃金という反撃が追いつくまでに数年のタイムラグを要する」のが、今のインフレの仕組みだ。今私たちが感じている苦しさは、まさにその痛みの期間の真っ只中にいるからに他ならない。
この痛みの先にある、明るい未来のために
この先、私たちはこのタイムラグと物価高の苦しみを抜け出し、かつてのような明るい日本を取り戻せるのだろうか。
その答えは、今まさに私たちが進めている構造改革が定着するかどうかにかかっている。
➀ 一過性ではない「数年にわたる継続的な賃上げ」
➁ 大企業から中小企業・非正規雇用への「裾野の広い波及」
③ 人口減少をカバーする「生産性の向上」
この3つが噛み合って初めて、経済の歯車は本格的に回り始める。
もちろん、毎日値上がりのレジ袋を下げて帰路につく生活者にとって、「今は構造改革のタイムラグだから耐えてくれ」と言われても、すぐに心が晴れるわけではない。だからこそ、国や企業は「痛みに耐えているだけの期間」をいかに短くし、「確かに生活が良くなっている」という手応えを実感として返していけるかが問われる。
どれだけマクロな経済政策が正しくても、それを支える一人ひとりの納得感と足並みが揃わなければ、社会全体のエネルギーには変わらない。
この歴史的な分かれ目を私たちがどう乗り越え、本当の豊かさを定着させていけるのか。
今こそ、社会全体での本当の踏ん張りどころが続いているのである。
※フリーマン柴賢二郎の著書をアマゾンで販売中です。
Amazon.co.jp: 静かなる知の探究の人生 eBook : フリーマン柴賢二郎: Kindleストア


ドライブ・(ウィズ)・マイ・マザー | フリーマン柴賢二郎 | 小説・サブカルチャー | Kindleストア | Amazon

閉ざされた扉が開かれる時: 孤高の改革者が挑む魂を懸けた組織改革 反発と葛藤の末に掴む希望の光 | フリーマン柴賢二郎 | 小説・サブカルチャー | Kindleストア | Amazon
