独裁型組織から「主体的なチーム」へ。管理職の苦悩と変革の記録

フリーマン柴賢二郎の流儀

~そよ風に吹かれて、ゆっくりと歩いていこう~

世の中に起きている不思議なことや、独り言などをゆる~く書き綴る。

何の専門家でもない私が経済的自由を得て、人生のこと、世の中のこと、

幸せについてなど、一般庶民の目線で考える。

 

独裁型組織から「主体的なチーム」へ。管理職の苦悩と変革の記録

組織のリーダーに就任したばかりの頃や、これからチームを率いる立場になる時、「自分はどんな組織を作っていけばよいのだろうか」と頭を抱える人は多い。

本来、理想的な組織とは「リーダーが細かく指示を出さなくても、仕組みと主体性によって勝手に回り続ける組織」である。しかし、世の中には己の思想や権力で組織全体を染め上げようとするリーダーが少なくない。

私はかつて、極めて独裁的・威圧的なマネジメントが横行する環境の中で育った。そして巡り合わせにより、自らがその部門のリーダーを任されることになった。

強烈なワンマン体制に傷つき、不条理と戦い続けてきた私は、どのようにして「主体性を育む組織」へと舵を切ろうとしたのか。迷いながら模索し続けた組織改革のプロセスと、そこから得た気づきを記録として書き残したい。

  1. 支配的リーダーが支配した二つの時代

私が管理職になる前、所属していた部門には二人の歴代リーダーが存在した。今振り返ると、彼らのマネジメント手法こそが「人が育たない組織」の典型例であった。

一人目のリーダー:恐怖政治による絶対的独裁

一人目のリーダー時代、私はまだ若手社員であり、日々の業務をこなすだけで精いっぱいだった。組織の最下層にいたため距離も遠く、実態を深く把握できていたわけではない。

しかし、記憶に残っているのは強烈な恐怖政治だ。ブラック企業を絵に描いたような人物で、周囲から慕われているわけでも、特別なカリスマ性があったわけでもない。ただ与えられた絶対的な社内権力を盾に、組織を力ずくで牛耳っていた。権力によって社員に恐怖を植え付け、時には倫理観や道徳心さえも破壊してしまうような独裁者であった。

二人目のリーダー:承認欲求と根性論の皮をかぶった傲慢

続く二人目のリーダーは、私の直属の前任者にあたる人物だ。彼の在任期間は長く、私が昇進するにつれて仕事上の距離は縮まり、最終的には最も近いポジションで業務を行うようになった。

当初、彼は愛想がよく、誰にでも気さくに声をかける「社員思いのリーダー」に見えた。強烈だった前任者とのギャップも手伝い、親しみやすい印象を持たれていた。

だが、近くで仕事をするうちにその本性が露わになる。彼が人に見せていた愛想はすべて「自分自身のため」であり、本質は極めて傲慢で、強い承認欲求の塊だったのだ。

彼もまた、己の思想だけを組織に力ずくで押し付けるタイプだった。部下がミスをすれば、原因の分析や背景の確認など一切せず、ただ感情的に罵倒する。重要情報はすべて自分ひとりで抱え込み、自分だけの特別感を演出した。論理的・科学的な視点は皆無で、マネジメントのすべてが「根性論」であった。

不条理な環境で理不尽に耐えながら、私は「いずれ自分がこの組織を引き継ぐことになったら、絶対に同じ過ちは繰り返さない」と心に強く誓っていた。

  1. 支配型マネジメントがもたらす「思考停止」の恐怖

二人のリーダーに共通していたのは、「リーダー1人 対 全員」という構造で組織を構築していた点である。

組織図の上では中間管理職が存在し、その下に一般社員が配置されるピラミッド型になっていた。しかし実態は異なっていた。中間管理職には何の権限も与えられず、責任だけが押し付けられる。すべての案件、すべての社員に対して、トップが直接指示を出し、直接決済を行う「1対全員」の歪んだ形態だったのだ。

このような環境におかれた社員はどうなるか。答えは明快である。全員が指示を待つだけの「思考停止状態」に陥る。

  • 提案の喪失:新しい提案をしてもトップの胸三寸で即座に却下されるため、誰一人として発案しなくなる。
  • 隠蔽の横行:ミスをすれば罵倒されることが分かっているため、原因究明や改善ではなく「いかにミスをもみ消すか」に心血を注ぐようになる。
  • 挑戦意欲の低下:問題が起きれば簡単に降格させられるため、昇進や成長を望まなくなる。
  • 人材の流出:優秀で意志のある人間ほど、不条理に見切りをつけて早期に去っていく。

さらに罪深いのは、リーダーの気分や思想によってルールがコロコロと変わることだ。これまで積み上げてきた暗黙の了解や実務上のロジックが通用しなくなり、現場は常に混乱を極めていた。

各階層の社員が頭を使わず、成長もしない以上、組織としての発展など望むべくもない。支配的な組織の実態とは、リーダー個人の能力以上に成長することが絶対にできない「不全組織」そのものだった。

  1. 共感とビジョンで「主体性」を育むアプローチ

前任者の退任に伴い、私が部門リーダーに就任することになった。

しかし、私には絶対的なボス性もなければ、人を力で従わせる権力への執着もない。もとより、人を支配したり屈服させたりする手法には強い嫌悪感があった。人は誰もが対等であり、自由であるべきだという思想を持っていたからだ。

権力や威圧感による統率ができない以上、別のアプローチで組織を再構築するしかない。私は書籍や先行事例から学びながら、あるべき組織の姿を模索し続けた。

① 個の属性を把握し、フラットな関係性を築く

まず取り組んだのは、一人ひとりの人間性を深く理解することだった。全メンバーの履歴書や過去の経歴を見直し、個々の強みや特性、適性を把握した上で役割分担と配置の見直しを行った。

抑圧されてきた組織の人間は、自ら得意分野を主張することができない。だからこそ、上司の側から歩み寄る必要があった。上司と部下は役割や責任の重さが異なるだけであり、人間としては完全にフラットである。偏りのない評価と環境づくりを徹底し、「あなたの存在価値を認めている」というメッセージを姿勢で示し続けた。

② 全員が目指すべき「明確なビジョン」を掲げる

個尊重のアプローチは組織づくりの入口に過ぎない。本当に必要なのは、「全員が共感し、同じ方向を目指せる明確な目標・ビジョン」の提示であった。

独裁的なリーダーは、意図的に明確なビジョンを掲げない。部下が自発的に考え、仲間と連携して動くことを「反乱分子の形成」として恐れるからだ。そのため、目先の指示だけを与えて思考を縛り付けようとする。

しかし、主体的な組織を作るためには真逆の手順が必要となる。

  1. 全員が納得・共感できる明確なビジョンを示す
  2. ビジョン達成のために、個々が自分の頭で考えて行動する
  3. リーダーは権力で支配するのではなく、個々の主体的な動きを支援する

一人ひとりが納得感を持って業務に取り組む状態を作ることができれば、リーダーが誰であろうと関係なく、組織は自走し、向上し続けることができる。

  1. おわりに:人が活きる組織を目指して

組織のあり方は、リーダーの思想に強く依存する。小さなチームであっても、それは国家の統治機構と変わらない。独裁者が人々の自由や可能性を奪うような組織形態は、もはや時代の要請に合致しないのだ。

マネジメントにおいて最優先されるべきは、「その組織に属する人々が、やりがいを感じ、幸せであるかどうか」である。

力で押さえつける管理は一見手っ取り早く見えるが、長期的には組織を衰退させる毒薬にしかならない。

明確なビジョンを掲げ、人々の可能性を信じ、主体性を育むことこそが、リーダーに課された本当の役割ではないかと思う。

 

 

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