フリーマン柴賢二郎の流儀
~そよ風に吹かれて、ゆっくりと歩いていこう~
世の中に起きている不思議なことや、独り言などをゆる~く書き綴る。
何の専門家でもない私が経済的自由を得て、人生のこと、世の中のこと、
幸せについてなど、一般庶民の目線で考える。
人は、なぜ漁師になるのか――海の向こうに、自分らしい生き方を求めて
人は、なぜ漁師になるのだろうか。
「魚を獲る仕事だから」という答えでは、この問いの本質には届かない。漁師という道を選ぶ人の心の中には、仕事そのものとは別の何かがあるのではないだろうか。
もちろん、理由は人によって違う。家業を継いだ人もいれば、幼い頃から海が好きだった人もいる。生まれ育った土地を離れたくなかった人もいるだろう。会社という組織の中で働くより、自分の判断で生きたいと思った人もいるかもしれない。
そこにはまず、「自分の力で生きたい」という感覚があるのではないだろうか。
海に出れば、誰かが仕事を与えてくれるわけではない。天候を読み、潮を読み、経験を頼りに判断する。もちろん仲間との協力は必要だが、最後に決断するのは自分である。
そこに、組織の中で働くこととは違う種類の自由を感じる人がいる。
しかし、その自由は決して楽なものではない。
海は、人間の都合など考えてくれない。天候が荒れれば出られないし、出ても必ず魚が獲れるとは限らない。努力したからといって、努力に比例して収入が増えるわけでもない。
それでも海に出る。
なぜなのだろう。
もしかすると、その不確実さそのものを受け入れることに、生きている実感を感じる人がいるのかもしれない。
毎日がある程度予測できる生活を好む人もいる。一方で、先の分からない世界に身を置くことで、自分の感覚が研ぎ澄まされると感じる人もいる。
「安定していることが幸せ」と考える人と、「自分で未来を切り開いている感覚が幸せ」と考える人では、同じ人生でも価値の置き方がまったく違うのである。
漁師という仕事には、もう一つ、「土地とのつながり」という側面もある。
海は単なる職場ではない。生まれ育った町の風景であり、父や祖父が見てきた海であり、子どもの頃から身近にあった存在でもある。
家業を継ぐということは、単に仕事を引き継ぐことではない。
「この場所で生きてきた人たちの続きを、自分も生きる」という感覚なのかもしれない。
もちろん、それを重荷に感じる人もいる。親が漁師だからといって、自分まで同じ道を歩かなければならない理由はない。
ここが、人間の人生を考えるうえで非常に大切なところである。
同じ環境に生まれても、そこから何を選ぶかは人によって違う。
父親の背中を見て「自分も漁師になりたい」と思う人もいれば、「自分は別の世界に行きたい」と思う人もいる。
どちらが正しいわけでもない。
むしろ、「自分は何を受け継ぎ、何を受け継がないのか」を考えることそのものが、自分の人生を選ぶということなのだろう。
また、漁師という道には「誇り」を求める心理もあるのではないだろうか。
自分が海に出て、自分の判断で魚を獲り、それを人々の食卓に届ける。自分の仕事が誰かの生活につながっていることを、直接的に感じられる。
人間は、単にお金を得るためだけに働いているわけではない。
「自分は何者なのか」
「自分は何の役に立っているのか」
「自分の存在にはどんな意味があるのか」
そうした問いに対する答えを、仕事の中に求める人もいる。
漁師になるという選択も、その一つなのかもしれない。
しかし、海に生きることを選ばない人生にも、同じだけの価値がある。
海の近くで育っても、都会で会社員になる人がいる。漁師の家に生まれても、研究者や教師や職人になる人がいる。海を愛していても、海を職業にはしない人もいる。
人生とは、「何になるか」だけで決まるものではない。
大切なのは、自分が何を大切にして生きるのかである。
自由を求める人もいれば、安定を求める人もいる。故郷を守りたい人もいれば、故郷を離れて新しい世界を見たい人もいる。自然と向き合いたい人もいれば、人間がつくった都市や技術の世界に魅力を感じる人もいる。
どれも、人間として自然な欲求である。
だから、「人は、なぜ漁師になるのか」という問いは、漁師について考えるだけの問いではない。
それは、自分自身に向けられた問いでもある。
あなたは、安定と自由のどちらをより大切にするだろうか。
自分の力で判断する人生と、誰かと協力して進む人生のどちらに魅力を感じるだろうか。
生まれた場所を守ることと、そこから離れて新しい世界へ行くことのどちらを選ぶだろうか。
漁師になる人には、その人なりの理由がある。
そして、漁師にならなかった人にも、その人なりの理由がある。
海に出る人生だけが、自分らしい人生ではない。
自分にとって何が大切なのかを考え、その答えに従って生きようとすること。
その意味では、海を選んだ人生も、海を選ばなかった人生も、どちらも同じように尊いのである。
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