住居問題――AI時代に、私たちはどこに住むのか。

フリーマン柴賢二郎の流儀

~そよ風に吹かれて、ゆっくりと歩いていこう~

世の中に起きている不思議なことや、独り言などをゆる~く書き綴る。

何の専門家でもない私が経済的自由を得て、人生のこと、世の中のこと、

幸せについてなど、一般庶民の目線で考える。

 

住居問題――AI時代に、私たちはどこに住むのか。

 

私たちはこれまで、「どこに住むのか」を、それほど深く考えずに決めてきたのではないだろうか。

 

学校があるから、その近くに住む。

会社があるから、通勤しやすい場所に住む。

子どもが生まれたから、学校や病院の近くに住む。

 

つまり、住居を選ぶ際には「仕事」「学校」「買い物」「病院」といった生活上の必要条件が大きな意味を持ってきた。

 

しかし、AIの発達によって、この前提が少しずつ変わろうとしている。

 

その代表的なものが、仕事である。

これまで会社員にとって、「職場に通える場所に住む」ことは当然の条件だった。毎朝電車に乗り、会社へ行き、夕方になれば自宅へ帰る。そのため、東京などの大都市では、職場に近いほど住宅価格が高くなり、遠くへ行けば住宅価格が下がるという関係も成立してきた。

 

ところが、テレワークが普及し、さらにAIによって仕事そのものが効率化されれば、「毎日会社へ行く」という働き方が必ずしも必要ではなくなる。

 

週5日出社する必要がなくなれば、会社から1時間以内という条件は、それほど重要ではなくなるかもしれない。

 

毎日出社する必要がなければ、東京から少し離れた場所に住むこともできる。

 

さらに、AIが仕事を支援してくれるようになれば、これまで一人の人間が職場に拘束されていた時間そのものが短くなる可能性もある。

 

そうなれば、「住む場所」と「働く場所」の関係は、今よりずっと自由になる。

 

そして、この変化は仕事だけではない。

 

自動運転が普及すれば、車の中で移動時間を有効に使えるようになる。オンライン診療が進めば、病院までの距離が今ほど重要ではなくなる。ネットショッピングがさらに進めば、大型商業施設の近くに住む必要性も低下する。

 

もちろん、すべてがオンラインで完結するわけではない。

 

しかし、これまで「近くにあること」に価値があったものの一部が、テクノロジーによって代替されていく可能性は十分にある。

 

そう考えると、AI時代の住宅選びでは、これまでとは違う価値観が生まれるかもしれない。

 

「会社に近い家」ではなく、「自然が豊かな家」。

 

「駅に近い家」ではなく、「静かに暮らせる家」。

 

「大きな都市にある家」ではなく、「広い土地を安く確保できる家」。

 

これまで住宅選びでは、利便性が非常に大きな価値を持っていた。

 

しかし、テクノロジーが利便性を場所から切り離していけば、今度は「静けさ」「自然」「広さ」「快適さ」といったものの価値が相対的に高まる可能性もある。

 

一方で、まったく逆の未来も考えられる。

 

AI時代だからこそ、人間同士が直接会うことの価値が高まる可能性である。

 

AIが仕事や情報処理を担うほど、人間にしかできないコミュニケーションや創造的な交流が重要になるかもしれない。

 

企業や大学、文化施設、飲食店、イベントなどが集まる都市には、「人と出会う」という大きな価値がある。

 

そうなれば、AI時代にも都市への人口集中が続く可能性がある。

 

つまり、「AIが発達すれば地方に人が移る」と単純に考えることはできない。

 

地方に移る人もいれば、逆に都市へ集まる人もいるだろう。

 

だからこそ、これからの住宅について重要なのは、「未来を正確に予測すること」ではない。

 

未来が変わっても対応できる住み方を考えることである。

 

人口が減る。

 

AIが発達する。

 

働き方が変わる。

 

自動運転が普及する。

 

医療や買い物の形も変わる。

 

こうした変化が同時に起こる時代に、「この家に一生住む」と最初から決めてしまうことには、それなりのリスクがある。

 

もちろん、持ち家には安心感がある。自分の好きなように暮らせるという大きな魅力もある。

 

しかし、住宅を「一生に一度の最大の買い物」と考えるだけではなく、「これからの人生を支える生活の器」と考えてみる必要がある。

 

10年後に仕事が変わるかもしれない。

 

20年後には家族構成が変わっているかもしれない。

 

30年後には、その地域の人口が大きく減っているかもしれない。

 

そして、その頃には現在では想像できないAIやロボットのサービスが、私たちの生活を支えているかもしれない。

 

そう考えると、これからの住宅選びで大切なのは、「最高の家を買うこと」ではなく、「変化に対応できる選択をすること」なのかもしれない。

 

家を買うのか、借りるのか。

 

都市に住むのか、地方に住むのか。

 

広い家に住むのか、小さな家に住むのか。

 

その答えは、人によって違う。

 

そして、今の正解が20年後にも正解である保証はない。

 

AI時代の住居問題とは、単に「AIによって家がどう変わるのか」という話ではない。

 

私たち自身が、どのような人生を送りたいのか。そして、その人生の変化に、住居はどこまで柔軟についてこられるのか。

 

その問いを考えることなのだ。

 

これからの時代、「どこに住むか」は、ますます重要になる。

 

しかし同時に、「いつでも住む場所を変えられる」という自由そのものが、大きな価値になるのかもしれない。

 

 

 

※フリーマン柴賢二郎の著書をアマゾンで販売中です。

Amazon.co.jp: 静かなる知の探究の人生 eBook : フリーマン柴賢二郎: Kindleストア

サラリーマンは太陽光発電所を買ってお金の勉強をしなさい!: サラリーマンのあなたに贈る! 人生100年時代を賢く生き抜くためのガイドマップ | フリーマン柴賢二郎 | 金融・投資 | Kindleストア | Amazon

ドライブ・(ウィズ)・マイ・マザー | フリーマン柴賢二郎 | 小説・サブカルチャー | Kindleストア | Amazon

閉ざされた扉が開かれる時: 孤高の改革者が挑む魂を懸けた組織改革  反発と葛藤の末に掴む希望の光 | フリーマン柴賢二郎 | 小説・サブカルチャー | Kindleストア | Amazon

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA