フリーマン柴賢二郎の流儀
~そよ風に吹かれて、ゆっくりと歩いていこう~
世の中に起きている不思議なことや、独り言などをゆる~く書き綴る。
何の専門家でもない私が経済的自由を得て、人生のこと、世の中のこと、
幸せについてなど、一般庶民の目線で考える。
防衛特別所得税――知らないうちに税金が増えていく時代に、私たちは何を考えるべきか
「防衛特別所得税」という言葉を聞いて、「そんな税金、いつ決まったのか」と感じた人も少なくないのではないだろうか。
実際、2027年1月から新たに「防衛特別所得税」が導入されることになった。所得税額に対して1%を上乗せする仕組みである。政府は、防衛力を抜本的に強化するための安定した財源を確保することを目的としている。
しかし、ここには少し複雑な仕掛けがある。
現在の「復興特別所得税」は、所得税額に対して2.1%が課されている。これを2027年から1.1%に引き下げ、その代わりに1%の防衛特別所得税を新設するのである。
つまり、当面の所得税に対する特別税の合計は、2.1%から2.1%のままである。
そのため、政府の説明では「家計の負担が増えないようにした」ということになる。これは数字だけを見れば、その通りである。
ところが、もう一つ重要な変更がある。
復興特別所得税の課税期間が10年間延長されるのである。
現在の復興特別所得税は2037年までの予定だった。それが2047年まで延長されることになった。政府は、税率を引き下げても東日本大震災からの復興財源を確保するためだと説明している。
ここに、多くの人が「知らないうちに税金が増えているように感じる」理由がある。
2027年から突然、所得税が単純に1%増えるわけではない。むしろ当面の負担率は変わらない。
しかし、「復興のための税」が10年間延長され、その一方で「防衛のための税」が新しく加わる。
名前も目的も違う税金が、制度上は連続して存在することになるのである。
これは、単純な増税か、そうでないかという二択だけでは捉えにくい問題である。
もちろん、防衛力を強化することが必要なのか、東日本大震災からの復興にどれだけの財源が必要なのかという問題は、それぞれ別に議論されるべきである。
国家の安全保障も、被災地の復興も、非常に重要な問題である。
だからこそ大切なのは、「税金だから反対」「必要だから賛成」という単純な判断ではなく、いくら集めて、何に使い、いつまで続けるのかを国民が理解することである。
税金は、一度制度として定着すると、それを廃止することは簡単ではない。
最初は「特別措置」であっても、年月が経てば、それが当たり前の制度になっていくことがある。
復興特別所得税も、東日本大震災という未曾有の災害に対応するために設けられた特別な税であった。それが現在も続き、さらに課税期間が延長される。
今回の制度変更を見て考えさせられるのは、まさにこの点である。
税金は、一つ一つを見ると小さく感じる。
所得税に対する1%。
たばこ税の引き上げ。
法人税への付加税。
こうしたものが個別に導入されると、「自分にはそれほど関係ない」と感じてしまう。
しかし、家計から見れば、税金だけではない。
社会保険料、電気料金、物価、各種手数料など、生活に必要な支出は少しずつ変化している。
だからこそ、私たちは「税率が何%上がったか」だけではなく、最終的に自分の手元にいくら残るのかを見る必要がある。
そしてもう一つ重要なのが、「知らないうちに決まっていた」とならないことである。
国の制度は非常に複雑である。すべてを理解する必要はない。しかし、自分の生活に関係する税制については、年に一度でも確認する習慣を持つだけで大きく違ってくる。
特に給与所得者の場合、税金の多くは会社が源泉徴収してくれる。その便利さの裏側で、「いくら税金を払っているのか」を意識しにくいという面もある。
だからこそ、給与明細や源泉徴収票を見る。
税制改正のニュースを年に何回か確認する。
そして、税金だけでなく社会保険料も含めて、自分の手取りを把握する。
これだけでも十分な第一歩である。
今回の防衛特別所得税は、2027年から始まる。現時点では、復興特別所得税の税率を1%下げ、その1%分を防衛特別所得税に振り替えるため、特別税による当面の負担率そのものは変わらない。
だから、「来年から所得税がいきなり1%増える」と理解するのは正確ではない。
しかし同時に、「何も変わらない」と考えるのも正確ではない。
復興特別所得税の期間は10年間延長される。
そして、防衛特別所得税は2027年以降「当分の間」とされている。
ここに、私たちが注目しておくべきポイントがある。
税金について大切なのは、怒ることでも、無関心になることでもない。
知ることである。
国が何のために税金を集めるのか。
どれくらい集めるのか。
いつまで続けるのか。
そして、そのお金が本当に目的どおり使われているのか。
それを国民が関心を持って見続けることで、初めて民主主義における「税金を負担する側」の役割を果たすことができる。
税金は、私たちが国家に支払う単なる費用ではない。
社会を維持するために必要な負担であると同時に、その使い道について国民が監視する権利と責任を伴うものでもある。
「いつの間にか増えていた」と感じたときこそ、一度立ち止まって調べてみる。
それが、自分のお金を守るためにも、社会の仕組みを理解するためにも、最も大切な姿勢なのではないだろうか。
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