人は、なぜ保育士を目指すのか。――未来を育てる喜びを求める人たち

フリーマン柴賢二郎の流儀

~そよ風に吹かれて、ゆっくりと歩いていこう~

世の中に起きている不思議なことや、独り言などをゆる~く書き綴る。

何の専門家でもない私が経済的自由を得て、人生のこと、世の中のこと、

幸せについてなど、一般庶民の目線で考える。

 

人は、なぜ保育士を目指すのか。――未来を育てる喜びを求める人たち

 

「子どもが好きだから保育士になった。」

 

保育士への志望理由として、最もよく耳にする言葉である。しかし、本当にそれだけなのだろうか。

 

子どもが好きな人は世の中に数多くいる。

 

それでも、その中で実際に保育士という仕事を選ぶ人は決して多くはない。

 

しかも保育士は、想像以上に責任が重い仕事である。

 

命を預かり、一人ひとりの個性を理解し、保護者とも向き合いながら、子どもの成長を支えていく。

 

決して「子どもと遊ぶ仕事」ではない。

 

それでも、この道を選ぶ人がいる。

 

そこには、人間らしい深い価値観が隠れている。

 

保育士を目指す人の特徴の一つは、「人の成長を見ることに喜びを感じる」ことである。

 

世の中には、自分が成果を出すことに喜びを感じる人もいれば、誰かが成長していく姿を見ることに幸せを感じる人もいる。

 

保育士は後者であることが多い。

 

昨日までできなかったことが今日できるようになる。

 

泣いてばかりいた子どもが笑顔を見せるようになる。

 

友達とけんかばかりしていた子が、「ごめんね」と言えるようになる。

 

そうした小さな変化を心から喜べる人なのである。

 

主役は自分ではない。

 

子どもが主役である。

 

だからこそ、自分の成果は目立たない。

 

しかし、その陰で誰かの成長を支え続けることに、大きな意味を見いだしているのである。

 

また、保育士を目指す人には、「未来を育てたい」という価値観を持つ人も多い。

 

子どもは未来そのものである。

 

今は小さな一人の子どもでも、やがて社会へ出て、多くの人と関わりながら生きていく。

 

その人格の土台は、幼少期に育まれる部分が非常に大きいと言われている。

 

つまり保育士は、未来の社会そのものを育てている仕事とも言える。

 

今日教えた「ありがとう」が、何十年後かに誰かを救う言葉になるかもしれない。

 

今日育てた思いやりが、将来その子どもの家庭を温かくするかもしれない。

 

保育士は、そんな未来への種まきを毎日続けているのである。

 

さらに保育士には、「ありのままを受け入れる力」が求められる。

 

子どもは大人のように理屈では動かない。

 

急に泣くこともあるし、怒ることもある。

 

失敗もする。

 

何度注意しても同じことを繰り返す。

 

しかし保育士は、その一つひとつを「未熟だから当然」と受け止める。

 

そこには評価ではなく、理解がある。

 

効率ではなく、成長への信頼がある。

 

大人同士の社会では、できる人ほど評価される。

 

しかし保育の世界では、「まだできない人」を信じ続けることが仕事になる。

 

これは実は非常に難しいことである。

 

だからこそ保育士は、人を信じる力が強い人とも言えるのである。

 

一方で、保育士という仕事には理想だけでは続けられない現実もある。

 

体力も必要である。

 

保護者との関係づくりにも気を配らなければならない。

 

子どもの安全には常に神経を張り巡らせる。

 

自分の思い通りにならないことの連続でもある。

 

それでも続けられる人は、「感謝されること」よりも、「誰かの人生の土台になれること」に価値を感じている。

 

数十年後、教え子が社会人になったとき、「あの先生のおかげで安心できた」と思い出してくれるかもしれない。

 

その言葉を直接聞くことはないかもしれない。

 

それでも、人の人生の根を育てることに意味を感じているのである。

 

もちろん、保育士を目指さない人が、子どもを大切に思っていないわけではない。

 

教育とは学校や保育園だけで行われるものではない。

 

親として子どもを育てる人もいる。

 

地域で見守る人もいる。

 

ものづくりを通して未来を支える人もいる。

 

医療や福祉、科学や芸術など、それぞれの立場から次の世代へ価値をつないでいる人たちがいる。

 

未来を育てる方法は一つではないのである。

 

保育士という道も、その中の一つの選択肢である。

 

人の成長を支える人生も尊い。

 

社会の仕組みを支える人生も尊い。

 

誰かの生活を豊かにする人生も尊い。

 

それぞれが異なる形で未来へバトンを渡している。

 

保育士を目指す人を理解することは、「未来を育てることに人生の意味を見いだす人がいる」という価値観を知ることである。

 

そして、その価値観を知ることは、自分自身は何を育て、何を未来へ残したいのかを考えるきっかけにもなるだろう。

 

結局のところ、人生に正解はない。

 

未来を子どもとともに育てる人生にも、別の場所で社会を支える人生にも、同じだけの価値があるのだと思う。

 

 

 

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