フリーマン柴賢二郎の流儀
~そよ風に吹かれて、ゆっくりと歩いていこう~
世の中に起きている不思議なことや、独り言などをゆる~く書き綴る。
何の専門家でもない私が経済的自由を得て、人生のこと、世の中のこと、
幸せについてなど、一般庶民の目線で考える。
人は、なぜ技術者になるのか。
「将来、技術者になりたい」という人の心理を考えてみたい。
安定した仕事だから。専門的な知識が身につくから。収入が期待できるから。もちろん、そうした理由もあるだろう。
だが、それだけでは説明できない人もいる。
技術者という道には、人間の根源的な欲求の一つである「自分の頭で考え、自分の手で何かを生み出したい」という思いが関係しているのではないだろうか。
たとえば、目の前にある問題を見て、「どうすればもっと良くできるだろう」と考える人がいる。
壊れたものを見れば、直してみたくなる。
不便なものがあれば、もっと便利にできないかと考える。
まだ存在しないものを想像し、それを実際の形にしてみたくなる。
こうした人にとって、技術とは単なる仕事の道具ではない。
「考えることそのものが面白い」のである。
一つの問題に対して、試して、失敗して、原因を考え、また試す。
すぐには答えが出ない。
だからこそ面白い。
昨日できなかったことが、今日できるようになる。
自分の知識や経験によって、以前は見えなかったものが見えるようになる。
そこに喜びを感じる人がいる。
一方で、「誰かの役に立ちたい」という思いから技術者を目指す人もいる。
自分が開発した製品によって、人の生活が便利になる。
自分がつくった仕組みによって、社会の問題が解決される。
目立つ仕事ではなくても、社会を陰から支えている実感がある。
「自分がいなければ、このものは存在しなかった」
そう思えることに、自分の存在価値を感じる人もいるだろう。
しかし、技術者を目指す理由は、それだけではない。
「専門性を身につけたい」という人もいる。
世の中には、誰にでもできる仕事がある一方で、長い時間をかけて知識や技術を積み重ねなければできない仕事もある。
一つの分野を深く掘り下げ、自分だけの強みを持ちたい。
そのような価値観から技術者を選ぶ人もいる。
また、「人と競争するより、技術で勝負したい」という人もいるかもしれない。
人間関係や営業力よりも、知識や技術、成果そのもので評価されたい。
自分の努力が、能力という形で積み上がっていくことに魅力を感じる。
これもまた、一つの生き方である。
人間には、それぞれ向いている価値観がある。
人と話すことで力を発揮する人もいる。
人を支えることに喜びを感じる人もいる。
人を教えることが好きな人もいる。
誰かを守ることに人生の意味を見いだす人もいる。
そして、一人でじっくり考え、ものや仕組みをつくることに喜びを感じる人もいる。
では、自分はどうだろう。
もし目の前に「どうしてこうなるのだろう」という問題があったとき、答えを知りたくなるだろうか。
それとも、人に聞いて早く解決したいと思うだろうか。
何かをつくることに喜びを感じるだろうか。
それとも、誰かと一緒に何かを成し遂げることに喜びを感じるだろうか。
「なぜ?」を何度も繰り返すことが苦にならないだろうか。
あるいは、答えのない問題を考え続けるより、目の前の人の気持ちに寄り添うほうが好きだろうか。
そこには、職業選択以上に、その人自身の価値観が表れている。
人は、自分が大切だと思うものに時間を使う。
技術者になる人は、「知ること」「考えること」「つくること」「改善すること」のどこかに、強い価値を感じているのかもしれない。
大切なのは、世の中が「この仕事は価値がある」と決めた基準ではなく、自分は何に時間を使ったとき、自分らしくいられるのかを知ることである。
誰かが新しい技術を生み出す人生も素晴らしい。
その技術を使って人を支える人生も素晴らしい。
まったく別の場所で、自分にしかできないことを見つける人生も、同じように価値がある。
結局のところ、職業が人生の価値を決めるのではない。
その人が、自分の人生をどのような価値観で生きたかが、その人の人生を形づくっていくのである。
では、あなたはどうだろう。
「つくること」「考えること」「人と関わること」「誰かを支えること」――。
あなたが人生の中で、最も大切にしたいものは何だろうか。
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