フリーマン柴賢二郎の流儀
~そよ風に吹かれて、ゆっくりと歩いていこう~
世の中に起きている不思議なことや、独り言などをゆる~く書き綴る。
何の専門家でもない私が経済的自由を得て、人生のこと、世の中のこと、
幸せについてなど、一般庶民の目線で考える。
子供へのお金の教育について――お金を教えない社会で、誰が子供を守るのか
子供に「お金の教育」をすることは必要なのだろうか。
私は、必要だと思う。
なぜなら、お金は人生のほぼすべての場面に関係しているからである。働くこと、買い物をすること、住宅を購入すること、保険に入ること、借金をすること、資産をつくること、老後を迎えること。そのどれにも、お金の知識が関係している。
ところが不思議なことに、私たちはその重要なお金について、体系的に学ぶ機会がほとんどない。
学校を卒業して会社に入り、何十年も働いても、「給料から税金や社会保険料がどのように引かれているのか」「金利とは何なのか」「複利とは何なのか」「借金にはどのような危険があるのか」「資産形成とは何をすることなのか」といったことを、誰かが丁寧に教えてくれるわけではない。
もちろん、学校教育の中でも金融教育は少しずつ行われるようになっている。しかし、人生を左右するほど重要なお金について、十分な知識を身につけないまま社会に出ていく人が多いのが現実である。
その結果、人は大人になってから、自分自身で学ばなければならなくなる。
そして、ここに一つの大きな問題がある。
お金について自発的に学ぶ人と、学ぶ機会を持たない人との間に、長い年月をかけて大きな差が生まれるのである。
例えば、ある家庭では、子供の頃から「お金はどうやって生まれるのか」「働くとはどういうことなのか」「欲しいものと必要なものは違う」「お金を貯めるだけでなく、育てる方法もある」といった話を日常的にしているかもしれない。
一方で、別の家庭では、お金の話そのものをほとんどしないかもしれない。
どちらの子供も、同じ学校に通い、同じ社会で生きていく。
しかし、人生のスタート地点で持っている「お金に関する考え方」がすでに違っているのである。
特に資産を持つ家庭では、親から子へ、お金そのものだけでなく、「お金との付き合い方」や「資産を守り、増やす考え方」が自然に受け継がれることがある。
これは決して、お金持ちの家庭の子供が悪いという話ではない。
むしろ当然のことである。
親が知っていることを子供に伝える。それによって子供が早い段階から知識を身につける。知識が行動につながり、長い時間をかけて資産形成に差が生まれる。
これは教育の差であり、情報の差であり、時間の差でもある。
だからこそ、単純に「お金持ちの子供は恵まれている」とだけ考えるのではなく、お金に関する知識そのものが、次の世代へ受け継がれているという事実を見る必要がある。
では、一般的な家庭ではどうすればよいのだろうか。
私は、親がお金の専門家になる必要はないと思う。
大切なのは、親自身が「お金について学ぼう」とする姿勢を子供に見せることである。
「お父さんも分からないから、一緒に調べてみよう」
それでも十分なのではないだろうか。
むしろ重要なのは、子供に答えを与えることよりも、お金について自分の頭で考える習慣を身につけさせることである。
なぜその商品を買うのか。
なぜお金を貯めるのか。
なぜ借金には金利がかかるのか。
なぜ同じ金額のお金でも、使う時期によって価値が変わるのか。
なぜ働いて得たお金の一部を、将来のために残しておく必要があるのか。
こうした問いを家庭の中で話すだけでも、子供のお金に対する見方は変わっていくはずである。
そして、私は「お金の教育」の本当の目的は、お金持ちにすることではないと思う。
お金に人生を支配されない人間にすることである。
お金がなければ生きていくことは難しい。しかし、お金だけを追い続けても、本当に豊かな人生になるとは限らない。
必要なのは、お金を目的ではなく、自分らしく生きるための道具として理解することである。
そのためには、できるだけ早い段階から、お金について正しく考える機会が必要になる。
そして、その最初の先生になれるのは、やはり親なのではないだろうか。
しかし、そのためには親自身も学ばなければならない。
子供に「お金を大切にしなさい」と言うだけでは足りない。親自身が、お金について学び、考え、失敗し、少しずつ理解していく。その姿そのものが、子供にとって最高の金融教育になるのではないだろうか。
お金の知識は、人生を保証してくれるものではない。
しかし、知らないことで不必要な損失を被る可能性は確実に高くなる。
だからこそ、お金の教育は単なる「金儲けの教育」ではない。
それは、自分の人生を自分の意思で選択するための教育なのである。
学校で十分に教えてもらえないのであれば、家庭で始めればいい。
親も知らなければ、親子で学べばいい。
そして、その小さな学びが、子供の人生に長い時間をかけて大きな違いを生み出すのかもしれない。
お金について何も教えないことも、一つの教育なのかもしれない。
ただしそれは、「知らないまま生きていく」という選択を、子供にしてしまうことでもある。
だからこそ、親が子供にお金について教えるということは、単にお金の知識を伝えることではない。それは、目の前のお金に振り回されるのではなく、お金を通して自分の人生を考える力を、次の世代へ手渡すことなのである。
※フリーマン柴賢二郎の著書をアマゾンで販売中です。

ドライブ・(ウィズ)・マイ・マザー | フリーマン柴賢二郎 | 小説・サブカルチャー | Kindleストア | Amazon

閉ざされた扉が開かれる時: 孤高の改革者が挑む魂を懸けた組織改革 反発と葛藤の末に掴む希望の光 | フリーマン柴賢二郎 | 小説・サブカルチャー | Kindleストア | Amazon
