フリーマン柴賢二郎の流儀
~そよ風に吹かれて、ゆっくりと歩いていこう~
世の中に起きている不思議なことや、独り言などをゆる~く書き綴る。
何の専門家でもない私が経済的自由を得て、人生のこと、世の中のこと、
幸せについてなど、一般庶民の目線で考える。
なぜ、自分自身の価値基準を持つことが大切なのか
私たちは、日々さまざまな価値観に囲まれて生きている。
お金をたくさん持つことが幸せだと考える人もいれば、仕事で成功することに人生の意味を見いだす人もいる。社会的な地位や名誉を求める人もいれば、家族との穏やかな暮らしを何より大切にする人もいる。
どれも、その人にとって大切な価値観であり、他人が簡単に否定できるものではない。
しかし、少し立ち止まって考えてみたい。
私たちは、自分自身の価値観に基づいて人生を選択しているのだろうか。それとも、世間で正しいとされている価値観を、いつの間にか自分の価値観として受け入れているのだろうか。
世間の価値観は、必ずしも自分の幸せとは限らない
現代社会には、さまざまな情報があふれている。
SNSを開けば、誰かの成功や豊かな暮らしが目に入る。テレビやインターネットでは、経済的な成功、仕事での出世、便利で快適な生活などが、幸せの象徴として語られることも多い。
そうした情報に触れているうちに、いつの間にか他人と自分を比較してしまうことがある。
自分より収入の多い人を見れば、もっと稼がなければならないと思う。自分より充実しているように見える人を見れば、今の生活に何か足りないものがあるように感じてしまう。
しかし、他人が幸せそうに見えることと、自分が同じものを手に入れれば幸せになれることは、まったく別の話である。
誰かにとっての成功が、自分にとっての成功とは限らない。世間で高く評価されている生き方が、自分にとって心地よい生き方であるとも限らない。
大切なのは、他人の尺度で自分の人生を評価するのではなく、自分自身の尺度で考えることではないだろうか。
自分自身の価値基準を持つということ
自分自身の価値基準を持つとは、他人の意見を聞かないことでも、社会との関わりを断つことでもない。
さまざまな意見や情報に触れ、その背景や理由を理解したうえで、自分にとって何が大切なのかを考え、自分なりの判断をするということである。
例えば、お金について考えてみる。
収入を増やすことは、多くの人にとって重要な目標である。しかし、収入を増やすために自由な時間を失い、家族との時間や健康を犠牲にしているとしたら、それは本当に自分が望んでいる人生なのだろうか。
もちろん、お金は生活を支え、将来の選択肢を広げる大切なものである。
ただし、お金を持つことそのものが人生の目的なのか、それとも自分らしい人生を送るための手段なのかによって、お金との向き合い方は変わってくる。
こうした問いを自分自身に投げかけることが、価値基準を持つための第一歩になる。
考えることが、自分の人生をつくる
自分自身の価値基準は、最初から明確に決まっているものではない。
さまざまな経験をし、知識を得て、物事の背景や仕組みを理解しながら、少しずつ形づくられていくものだと思う。
そのためには、世の中で起きていることを知り、お金の仕組みを知り、未来について考え、人間や幸せについて思いを巡らせることが大切である。
そして、知識を得るだけで終わらせず、自分の頭で考えることが重要になる。
誰かが言っているから正しいと判断するのではなく、なぜそうなのか、本当にそうなのか、自分にとってはどうなのかを考えてみる。
その積み重ねが、自分なりの判断基準を育てていく。
人生には、誰にでも当てはまる唯一の正解などないのかもしれない。
だからこそ、自分で考え、自分で選び、その選択に責任を持つことに意味があるのだと思う。
自分はこれでいい、と思える人生
他人と比較すれば、上には上がいる。どれだけ何かを手に入れても、さらに豊かな人や成功している人は存在する。
他人の尺度を基準にしている限り、満足することは難しいのかもしれない。
一方、自分自身の価値基準を持っていれば、他人と違う生き方であっても、自分が納得できる選択をすることができる。
大切なのは、世間からどう評価されるかだけではなく、自分自身がその人生に納得できるかどうかである。
「自分はこれでいい」
そう思えることは、決して現状に満足して成長を止めることではない。自分にとって大切なものを理解し、他人の尺度に振り回されず、自分の人生を自分の足で歩んでいるということではないだろうか。
私たちは、誰かの人生を生きるために生まれてきたわけではない。
自分の価値基準を持ち、自分で考え、自分で選ぶ。その自由を大切にしたいと思う。
あなたにとって、本当に大切なものは何だろうか。
そして、その大切なものは、誰かの価値観ではなく、自分自身の心から選んだものだろうか。
