一日一食生活は「覚悟」ではなく「必然」だった――6年間続けて分かったこと

フリーマン柴賢二郎の流儀

~そよ風に吹かれて、ゆっくりと歩いていこう~

世の中に起きている不思議なことや、

ふと浮かんだ疑問などをゆる~く書き綴る

何の専門家でもない私が経済的・時間的・人間関係の自由を得て、

人生のこと、世の中のこと、幸せについてなど、

一般庶民の目線で考える

 

一日一食生活は「覚悟」ではなく「必然」だった――6年間続けて分かったこと

 

私は一日一食生活を、もうかれこれ6年ほど続けている。

しかし、最初から「健康のためにやろう」と決意したわけではない。

誰かに影響されたわけでもない。

ただ、生活の流れの中で、必然的にそうなっていったのである。

 

サラリーマン時代、私は毎朝4時半に起床していた。

始業は8時半である。

それにもかかわらず、無理に早く出勤していた。

今思えば、どこかで「もっと頑張らなければならない」と自分を追い込んでいたのだろう。

悲しく歪んだサラリーマン思考だった。

 

その時間帯に、妻をわざわざ起こして朝食を用意してもらうのは現実的ではない。

私自身も、そこまでして食べたいとは思わなくなっていった。

最初は自分で軽く済ませていた朝食も、やがて抜くようになった。

無理をしたわけではない。

自然とそうなったのである。

 

昼食は会社の給食を取っていた。

しかし、午後になると明らかにパフォーマンスが落ちる。

眠気が出る。

集中力が鈍る。

これが嫌だった。

試しに昼食を軽くしてみる。

さらに減らしてみる。

やがて抜いてみる。

すると、午後の頭の冴えがまるで違った。

 

こうして気づけば、夕食だけの生活になっていた。

 

現在の食事は19時頃の一食のみである。

特別にストイックな内容ではない。

家族と同じものを、あるいは自分が好きなものを腹いっぱい食べる。

ただし間食は一切しない。

それだけである。

 

体重は60キロほどだったのが、徐々に58キロに落ち着いた。

無理に痩せた感覚はない。

むしろ、体が軽くなった印象である。

 

体調は非常に良い。

頭は冴え、集中力は持続する。

ここ6年間、カゼを一度もひいていない。

健康診断の数値も異常なしである。

医師からも特に問題を指摘されたことはない。

 

もちろん、万人に勧められる方法だとは思っていない。

体質も違えば、生活環境も違う。

しかし少なくとも、私にとっては合っている。

 

一日一食生活の最大のメリットは、実は「時間」と「思考の静けさ」である。

食事の回数が減ると、準備や後片付け、食後のだるさがなくなる。

その分、頭がクリアでいられる時間が増える。

空腹は不快ではなく、むしろ感覚を研ぎ澄ませる。

 

私はストイックな人間ではない。

意志の力で続けているわけでもない。

ただ、自分の生活と向き合った結果、この形に落ち着いたのである。

 

世の中には様々な健康法がある。

しかし、何が正解かは人それぞれだ。

大切なのは、流行に振り回されることではなく、自分の体の声を静かに聞くことではないだろうか。

 

一日一食は、私にとって「挑戦」ではない。

「最適化」である。

 

これからも無理はしない。

ただ、今の心地よさを大切にしながら、自分のリズムを守っていきたいと思っている。

 

 

 

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