フリーマン柴賢二郎の流儀
~そよ風に吹かれて、ゆっくりと歩いていこう~
世の中に起きている不思議なことや、独り言などをゆる~く書き綴る
何の専門家でもない私が経済的自由を得て、人生のこと、世の中のこと、
幸せについてなど、一般庶民の目線で考える
スマホの次は「錯覚」革命
今からおよそ18年前、アップル社の最高経営責任者だったスティーブ・ジョブズがiPhoneを披露し、スマートフォン革命が始まった。
瞬く間に世界中に広がり、ニューモデルが販売されるたびに多くの人々がいち早く手に入れようと店に並ぶという現象が、世界のあちらこちらで起こるのが報道された。
私はというと、携帯電話を持つのも、ガラケーからスマートフォンに変えるのも人より遅く、世間に行き渡ってからだった。
パソコンを買ってインターネットを使い始めるのも同様に遅かった。
私は何も最先端のものを拒むわけではなく、単純に何かが変わることを恐れていただけだと思う。
一過性の流行り廃りに興味を抱く方ではないが、慎重な性格からか、世の中に定着して有害無害が分かってから取り入れるタイプなのだと自分を分析する。
スマートフォンは当初、「拡張機能型端末」と呼ばれていたが、私はその意味がなかなか理解できなかった。
電話ができて、文章の送受信(メール)ができて、写真も撮れる、その進化版だと思っていた。
ところが全くの認識不足で、アリと像くらいに、まるで別ものだった。
アプリケーションというものを理解するにつれて、「拡張機能型」という意味が分かりはじめた。
さまざまな機能を持ったもの、すなわちアプリはスマートフォンに取り入れられ、結果としてそのスマートフォンの機能は無限に拡張していくことができるのである。
それらの便利な機能は、世界の誰ともつながることができ、よくも悪くも影響を受けたり与えたりし、これまで世の中になかったサービスが次々に現れた。
まさしく世界中の人々が、この小さな物体の虜になった。
こうしてスマートフォンが世界を一変させたように、今着実に次なるイノベーションが起きようとしている。
どんな世界になるのか期待半分、心配半分といったところだ。
今のところその候補として、目を介してコンピューターと人間をつなぐメガネ型の「ARグラス」、耳を介したイヤホン型などがあるようだ。
いずれも当然のことだがAI「人工知能」端末である。
ARグラスとは、メガネのレンズに文字などでさまざまな情報を映し出す。
イヤホン型は音声で耳から情報を取り込む。
ミソは、人間の感覚を「錯覚」させることにあるという。
例えばVRゴーグルをかぶり、けん玉に見立てたコントローラーを持ち、VR空間で重力を地球の4分の1に設定すると、玉はゆっくりと動く。
玉の動きに体を合わせて練習を繰り返し、徐々に重力を地球と同じ設定に近づけていく。すると驚いたことに数分後には現実世界で本物のけん玉で「ツバメ返し」ができるようになったのだ。
頭ではVRと分かっていても体がコツを覚えるのだそうだ。
これは他のさまざまな技能の短期習得に効果があるのみならず、人間の潜在能力の向上にも活かせるかもしれない。
ビジネスの機会もあらゆる分野に及ぶだろう。
実用化はもう少し先になるだろうが、これらが人間の感覚を刺激する強さはスマホの比ではないらしい。
であるとしたら、テクノロジーが人間の深層に入ってくることにどう対処すべきなのか。
スマートフォンでさえ、人を死に追いやったり、選挙の結果に影響を与えたり、新たな犯罪が横行したりと、時として人の人生を狂わせてしまう。
技術の進歩は止めるべきではないが、魅惑的なものほど使い方には要注意だ。