フリーマン柴賢二郎の流儀
~そよ風に吹かれて、ゆっくりと歩いていこう~
世の中に起きている不思議なことや、
ふと浮かんだ疑問などをゆる~く書き綴る
何の専門家でもない私が経済的・時間的・人間関係の自由を得て、
人生のこと、世の中のこと、幸せについてなど、
一般庶民の目線で考える
FIRE後の心の持ちよう──経済的自由の先にある「本当の自由」とは
FIRE後の心の持ちよう
近年、「FIRE」という言葉が広く知られるようになった。
FIREとは、Financial Independence, Retire Early の略であり、経済的自立を達成し、早期リタイアを実現する生き方である。
日本でもこの概念は広がり、多くの人が資産形成に励んでいる。
しかし、FIREはゴールではない。
むしろ本当の問いは「FIRE後、どう生きるか」である。
1.自由は「解放」であると同時に「空白」でもある
FIREを達成すると、時間から解放される。
通勤も上司も締切もない。
これは確かに自由である。
だが同時に、これまで仕事が埋めていた時間と役割が消える。
肩書きも、社会的な立場も薄れる。
すると、人によっては「自分は何者なのか」という空白に直面する。
仕事は収入源であると同時に、自己肯定感の源でもあったからである。
FIRE後に大切なのは、「仕事を辞めた自分」を否定しないことである。
生産性ではなく、存在そのものに価値を見いだす姿勢が必要になる。
2.お金の不安は完全には消えない
資産があっても、不安はゼロにはならない。
相場の変動、インフレ、想定外の支出。
人は「十分」を持っていても、「もっと安全」を求める。
FIRE後に陥りやすいのは、資産を守ることに過度に執着する状態である。
増減に一喜一憂し、結局はお金に縛られる。
経済的自由とは、お金の心配が完全になくなることではない。
「不安と共に生きられる状態」を受け入れることである。
資産は人生の土台であって、目的ではない。
この視点を忘れないことが、心の安定につながる。
3.社会との接点をどう持つか
FIRE後に多くの人が直面するのは「孤独」である。
会社というコミュニティを離れると、自然な人間関係は減少する。
人は完全な孤立では生きにくい存在である。
だからこそ、意識的に社会との接点を持つことが重要になる。
それは必ずしもフルタイム労働である必要はない。
ボランティアでも、週数日のアルバイトでも、趣味の集まりでもよい。
大切なのは「自分が誰かの役に立っている」という実感である。
経済的に自立しているからこそ、働き方は自由に選べる。
これはFIREの大きな特権である。
4.「何をしないか」を決める勇気
FIRE後は時間が無限にあるように感じる。
しかし時間は有限である。
だからこそ、「何をするか」以上に「何をしないか」を決めることが重要になる。
世間の成功モデルを追い続ける必要はない。
収入最大化を目指す必要もない。
他人と比較する必要もない。
自分の価値観に合わないことを削ぎ落とすこと。
それが本当の自由である。
5.幸せとは“なろうとするもの”ではなく“気づく”こと
FIREは幸せを保証する制度ではない。
だが、自分の人生に主体性を取り戻す手段ではある。
結局のところ、幸福は大きな達成の先にあるのではない。
日常の静かな充足に気づけるかどうかである。
朝ゆっくり新聞を読む時間。
家族や友人との会話。
健康な身体。
小さな社会との関わり。
それらに気づける心を持てるかどうか。
それがFIRE後の充実を左右する。
結論
FIREとは「働かないこと」ではない。
「選べる状態」を手に入れることである。
そして、選択の自由は同時に責任も伴う。
自分の時間をどう使うか、自分は何者として生きるか。
FIRE後の最大の課題は、お金ではなく“心の在り方”である。
経済的自由の先にあるのは、派手な成功ではない。
静かで、自律した人生である。
その静けさを楽しめるかどうか。
そこに、FIRE後の真価があるのである。
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