「雑草の如く強かれ」――人生をしなやかに生き抜く力

フリーマン柴賢二郎の流儀

~そよ風に吹かれて、ゆっくりと歩いていこう~

世の中に起きている不思議なことや、

ふと浮かんだ疑問などをゆる~く書き綴る

何の専門家でもない私が経済的・時間的・人間関係の自由を得て、

人生のこと、世の中のこと、幸せについてなど、

一般庶民の目線で考える

 

 

「雑草の如く強かれ」――人生をしなやかに生き抜く力

 

人は長く生きるほど、心に残る言葉をいくつか持つものである。

時が過ぎても消えず、ふとした場面で思い出され、自分の歩みを静かに支えてくれる言葉である。

私にとって、その一つが「雑草の如く強かれ」である。

今回は、現状から抜け出したいと願うあなたに、ささやかながら、この言葉を贈りたい。

 

この言葉は、小学校の卒業式で校長先生から贈られたものである。

子どもの頃は、その意味を深く理解していたわけではない。

ただ、どこか力強く、印象に残る響きを持っていた。

長い年月を経た今になって、その言葉の重みが少しずつわかってきたように思う。

 

雑草という言葉には、どこか地味な印象がある。

庭や畑に生えれば抜かれることも多く、人に歓迎される存在とは言いがたい。

しかし、よく観察すると、雑草ほどたくましいものはない。

踏まれてもまた立ち上がる。

暑さにも寒さにも耐える。

乾いた土地にも、石の隙間にも根を張る。

誰に褒められるわけでもなく、目立つこともない。

それでも、黙ってそこに生きている。

ここに、人生を生きるうえでの大切な姿勢があるのではないかと思う。

 

若い頃は、どうしても人と比べてしまう。

誰が先に成功したか、誰が多く持っているか、誰が認められているか。

だが、人生を重ねるにつれて見えてくるのは、人それぞれに与えられた土壌が違うということである。

 

肥えた土地に育つ人もいれば、厳しい環境から始まる人もいる。

順風満帆に見える人もいれば、何度も逆風にさらされる人もいる。

同じ条件で生きている人など、実は一人もいない。

 

だからこそ、大切なのは誰かと競争することではなく、自分が置かれた場所でしっかり根を張ることである。

 

雑草は、桜のように一斉に人の目を集めることはない。

だが、その生命力は驚くほど強い。

見えないところで根を広げ、季節が巡ればまた芽を出す。

その姿には、派手さではなく、持続する力がある。

 

人生も同じである。

思い通りにいかないことは必ずある。

努力が報われないこともある。

誤解されることも、悔しい思いをすることもある。

年齢を重ねれば、体力や環境の変化にも向き合わなければならない。

 

しかし、そのたびにすべてを失うわけではない。

 

表面では倒れたように見えても、根が生きていれば人はまた立ち上がることができる。

経験、知恵、忍耐、人との縁――

それらは土の中に張った根のようなものであり、見えないが確かに自分を支えている。

 

56年という歳月は、決して短くない。

若い頃には見えなかったものが見え、焦っていたことが少しずつ静かになってくる年齢でもある。

 

この年代になると、強さとは何かをあらためて考えるようになる。

 

若い頃は、強さとは人に勝つこと、前に出ること、折れないことだと思っていた。

だが今は少し違う。

強さとは、折れても戻る力である。

傷ついても歩みを止めないこと。

思い通りにならない現実の中でも、自分を見失わずに生きることである。

それは、まさに雑草の強さである。

 

さらに言えば、雑草には「しなやかさ」がある。

強風が吹けば無理に逆らわず、一度身を低くする。

風が過ぎれば、また静かに立ち上がる。

ここが大切である。

 

本当に強いものは、硬いものではない。

硬いものは折れやすい。

しなやかなものこそ、長く生き残る。

人生においても、意地だけで突き進むより、時には受け流し、時には立ち止まり、また歩き出す柔軟さが必要である。

 

小学校の卒業式で贈られた一言が、半世紀を超えてなお心に残っているのは、その言葉が人生の本質を静かに語っているからなのだろう。

 

「雑草の如く強かれ」。

 

これは単に我慢しろという意味ではない。

どんな場所にあっても、自分をあきらめず、生きる力を失うなという励ましである。

 

人生には晴れの日もあれば、雨の日もある。

追い風の日もあれば、向かい風の日もある。

しかし、どんな天候であっても、根を張り続ける限り、人はまた立ち上がることができる。

 

これから先も、派手である必要はない。

人と比べる必要もない。

ただ、自分の足元にしっかり根を下ろし、一歩ずつ歩んでいけばよい。

雑草のように、静かに、したたかに、生きていくのである。

 

 

 

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