フリーマン柴賢二郎の流儀
~そよ風に吹かれて、ゆっくりと歩いていこう~
世の中に起きている不思議なことや、
ふと浮かんだ疑問などをゆる~く書き綴る
何の専門家でもない私が経済的・時間的・人間関係の自由を得て、
人生のこと、世の中のこと、幸せについてなど、
一般庶民の目線で考える
承認欲求とどう向き合うか──満たされない心の正体と、穏やかに生きるためのヒント
人は誰しも、「認められたい」「分かってほしい」という欲求を持っている。
これを承認欲求という。
この欲求そのものは極めて自然であり、人間関係や社会生活を営む上で必要不可欠なものである。
しかし、この承認欲求が強すぎたり、逆に弱すぎたりすると、生きづらさの原因となる。
まず、承認欲求が強すぎる人について考えてみよう。
このタイプの人は、他人からの評価を過度に気にする傾向がある。
SNSの「いいね」の数や、他人の一言に一喜一憂し、自分の価値を外部に委ねてしまうのである。
その背景には、「自分には価値がある」という感覚の弱さ、いわゆる自己肯定感の低さがある場合が多い。
満たされない内面を、他者の評価で埋めようとする構造である。
一方で、承認欲求が弱すぎる人も存在する。
一見すると「他人に流されない強い人」に見えるが、極端な場合は他者との関係性を軽視し、孤立しやすい傾向がある。
人から認められたいという感情は、他者とつながるための大切な動機でもある。
それが希薄すぎると、社会との接点が減り、結果として生きる充実感を感じにくくなることもある。
では、心豊かに、幸せに生きるためには、承認欲求とどのように付き合えばよいのか。
結論から言えば、「他者承認」と「自己承認」のバランスを取ることである。
他人から認められることを完全に否定する必要はない。
むしろ、人は社会的な存在である以上、他者からの評価はある程度必要である。
ただし、それに依存しすぎてはならない。
重要なのは、「自分で自分を認める力」を育てることである。
たとえば、今日やるべきことをやり切った自分を評価する、
小さな成長を見逃さずに受け止める、
といった習慣である。
こうした積み重ねが、外部に頼らない安定した自己肯定感を形づくる。
また、他人の評価を受ける際にも、「参考にするが、振り回されない」という姿勢が大切である。
すべての評価はあくまで一つの視点に過ぎない。
他人の意見を取り入れつつも、最終的な判断軸は自分の中に置くべきである。
承認欲求は、敵ではない。
それは人が人らしく生きるためのエネルギーである。
ただし、その使い方を誤ると、自分自身を縛る鎖にもなる。
他人に認められる喜びを味わいつつ、自分自身でも自分を認める。
この両輪が揃ったとき、人はようやく安定した幸福感を手に入れることができるのではないだろうか。
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