フリーマン柴賢二郎の流儀
~そよ風に吹かれて、ゆっくりと歩いていこう~
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何の専門家でもない私が経済的・時間的・人間関係の自由を得て、
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実質実効為替レートの推移から見る日本――「安い国」になった30年の本質
今回は「実質実効為替レートの推移から見る日本」というテーマを取り上げてみたい。
ニュースでは日々「円高」「円安」が話題になる。
しかし、それはあくまでドル円など“二国間”の為替レートに過ぎない。
本当に日本の通貨価値を測る指標は、実質実効為替レートである。
実質実効為替レートとは、貿易相手国との為替レートを総合的に加重平均し、さらに物価差を調整したものである。
つまり「日本の通貨が、世界全体に対してどれほどの購買力を持つか」を示す指標である。
名目ではなく“実質”であり、単純な円安・円高とは意味が異なる。
この指標を長期で見ると、日本の姿が浮き彫りになる。
1980年代後半、日本は空前の円高局面を迎えた。
1985年のプラザ合意以降、円は急騰し、実質実効為替レートも歴史的な高水準に達した。当時の日本は、世界でもっとも通貨が強い国の一つであった。
輸出企業は苦しんだが、国全体としては圧倒的な購買力を持っていたのである。
しかし、バブル崩壊後、日本の実質実効為替レートは長期的な下落トレンドに入る。
特に2010年代以降の下落は顕著である。
異次元緩和を打ち出した日本銀行の金融政策、デフレからの脱却を目指す大規模緩和、そして近年の急速な円安が重なり、日本の実質実効為替レートは50年前の水準に近づいたとも言われる。
これは何を意味するのか。
第一に、日本は「安い国」になったということである。
訪日外国人観光客が日本を「物価が安い」と驚く背景には、円安だけでなく、長期にわたり賃金と物価が伸びなかった事実がある。
海外の物価が上がる中、日本だけが停滞した結果、相対的に通貨価値が下がったのである。
第二に、日本企業の国際競争力の構造変化である。
かつては「円高でも勝てる」製造業が日本の強みであった。
しかし現在は、円安でようやく価格競争力を取り戻す局面も多い。
これは、付加価値の源泉が国内に十分蓄積されていないことの裏返しでもある。
第三に、家計への影響である。
実質実効為替レートの低下は、輸入品価格の上昇を通じて生活コストを押し上げる。
エネルギーや食料を多く輸入に頼る日本にとって、通貨の実力低下は家計に直結する問題である。
一方で、円安は悪いことばかりではない。
輸出企業の業績改善や、インバウンド需要の拡大といった恩恵もある。
重要なのは「安さ」に依存するのではなく、通貨が強くても評価される産業を育てられるかどうかである。
実質実効為替レートは、単なる金融指標ではない。
それは、日本の生産性、賃金、物価、そして国力の総合的な結果である。
30年間の推移が示しているのは、日本が劇的に衰退したという単純な物語ではない。
むしろ、世界がインフレと成長を続ける中、日本だけが安定と停滞を選択してきたという事実である。
これからの日本に必要なのは、為替の一時的な上下に一喜一憂することではない。
実質実効為替レートを「結果」として受け止め、その背後にある生産性向上、賃金上昇、構造改革に目を向けることである。
通貨は国の鏡である。
その鏡に映る姿を直視することから、次の一歩は始まるのである。
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