フリーマン柴賢二郎の流儀
~そよ風に吹かれて、ゆっくりと歩いていこう~
世の中に起きている不思議なことや、独り言などをゆる~く書き綴る
何の専門家でもない私が経済的自由を得て、人生のこと、世の中のこと、
幸せについてなど、一般庶民の目線で考える
ビデオカメラについて振り返る
みなさんが「ビデオカメラ」を身近に触れるようになったのはいつ頃だったか、覚えていますか?
現代ではもうすっかり姿を消してしまったビデオカメラ、もしかしたらZ世代の若者たちはビデオカメラの存在すら知らない人もいるかもしれない。
振り返ってみるとビデオカメラは私の人生に彩りをもたらしてくれたものだったと感じる。
そんなビデオカメラについて、私の想い出とともにちょっと歴史を紐解いてみたい。
私が初めてビデオカメラを身近に触れたのは、今でもはっきり覚えているのだが、1989年、私が大学2年生の時だ。
なぜその時期を覚えているかというと、当時私の生活はオートバイ一色で、仲間の誰かが持っていたビデオカメラでオートバイの走行シーンを撮影してもらったのが私の初体験だったからだ。
高校生時代はバンド活動に夢中だったのだが、その頃にビデオカメラで撮影したものはなく、まだ写真がすべてだったから、その時代でないことが分かる。
1989年時点で、ビデオカメラがどれほど世の中に普及していたかは定かではないが、初めて触れた時の私の印象は、まるで初めて自転車を買ってもらった子供のように嬉しかったのを覚えている。
欲しかったが高価すぎて私が買えるようなシロモノではなかった。
それからというもの、ビデオカメラを所有していた仲間とともに、どこへ走りに行くにも携行され撮影が伴った。
また、撮影したビデオを見ることについても、ビデオデッキを所有している仲間のもとへ集まり、みんなで繰り返し見る日々で楽しかった。
当時のビデオカメラは片手で持ち、片目でのぞき込むような部品がついており、そこから見ながら撮影し、音楽用のカセットテープより厚みが倍以上あるVHS-Cと呼ばれる小型のカセットテープを本体に入れ、それに映像と音声を記録する、というものだった。
私自身がいつビデオカメラを買ったのかは記憶していないが、第一子が産まれた時のVHS-Cテープがあるので、遅くとも1996年時点では所有していたことになる。
値段がいくらでどこで買ったかなどは全く覚えていない。
時代はすすみ、ビデオカメラは小型軽量化、高画質化されていき、miniDVと呼ばれるさらに小さなテープに映像・音声を記録するものへと進化した。
子供達の成長の記録を収めている媒体の変化から、これが我が家に登場したのは2003年頃だと分かる。
このビデオカメラは現在でも我が家の押し入れの奥に大事にしまってある。
もうこのビデオカメラで撮影することはないだろうが、子供達の成長とともに我が家の幸せのために大役を果たしてくれたものだ。
型番から調べてみると2002年に市販されたようだが、これもどこでいくらで買ったなどは記憶にない。
続いて我が家に登場したビデオカメラは、撮影した映像・音声を記録するためのテープがなくなり、本体に内蔵されたHDDと呼ばれるハードディスクへ記録するものへと進化したものだった。
HDDに記録したものは、8cmDVDという小さなディスクを入れて、これにダビングする。
テープからディスクへと大きく進化した。
これを買ったのは近所にできた電気製品の量販店で、子供達がもう中学生になった頃だ。これも先代と同様、我が家の押し入れにしまっている。
子供たちが高校へ上がると、成長の記録のための撮影機会もだんだん減っていき、ビデオカメラが活躍することがなくなってきた。
そしてついにビデオカメラがその役目を終えたのが、スマートフォンの登場による。
よく言われているが、スマートフォンの登場は本当に世界を一変させた。
ビデオカメラとセットで活躍していたデジタルカメラも姿を消した。
他にも、ステレオ、ラジオ、目覚まし時計、電卓、地図、なども同様だ。
私個人としては、財布を持ち歩くことがなくなった。
本当に便利な世の中になったものだ。
今では役目を終えた2つの世代の2台のビデオカメラ、我が家の幸せに大きく貢献してくれたことに感謝しつつ、この先も押し入れの奥で大事にしまっておくことにしよう。
おっといけない、今回は本当は「VHSテープのデジタル化の作業」について書こうとしていたが、ついついビデオカメラにまつわる思い出を書いてしまった。
「VHSテープのデジタル化の作業」は、また別の機会に書きたいと思う。