フリーマン柴賢二郎の流儀
~そよ風に吹かれて、ゆっくりと歩いていこう~
世の中に起きている不思議なことや、
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何の専門家でもない私が経済的・時間的・人間関係の自由を得て、
人生のこと、世の中のこと、幸せについてなど、
一般庶民の目線で考える
貯金より投資と言われる理由──日本と世界の「失われた30年」比較
今回は、「貯金より投資」と言われる理由について考えてみたい。
この言葉が広く語られるようになった背景には、日本が経験した「失われた30年」がある。
1990年代初頭のバブル崩壊以降、日本経済は長期停滞に入った。
株価は低迷し、賃金は伸び悩み、物価はほとんど上がらない。
成長を前提とした経済から、停滞を前提とした社会へと変化したのである。
その象徴的な指標が、日経平均株価である。
1989年末に約3万9千円をつけた後、長期低迷が続いた。
30年近く最高値を更新できなかった事実は、日本経済の停滞を如実に物語っている。
一方、世界に目を向けるとまったく異なる景色が広がっていた。
米国市場を代表するS&P500は、この30年で大きく成長した。
IT革命、グローバル化、デジタル経済の進展などを背景に、企業価値は拡大を続けた。
世界全体で見れば、資本主義はむしろ力強く前進していたのである。
ここに、「貯金より投資」と言われる理由の核心がある。
日本では長らく、銀行預金が安全で堅実な資産形成方法とされてきた。
確かに、元本は守られる。
しかし、低金利が続く環境では、預金はほとんど増えない。
インフレが進めば、実質的なお金の価値は目減りする。
お金を「守る」ことはできても、「育てる」ことは難しいのである。
対して投資は、企業の成長や経済の拡大とともに資産を増やす可能性を持つ。
もちろんリスクはある。
しかし、世界経済が長期的に成長してきた事実を踏まえると、時間を味方につけた分散投資は合理的な選択肢となる。
日本の「失われた30年」は、日本国内だけを見ていれば確かに厳しい時代であった。
しかし、世界全体では決して「失われて」はいなかった。
むしろ米国や新興国では大きな成長が続いていたのである。
つまり問題は、「投資か貯金か」ではなく、「どこにお金を置くか」である。
日本円で銀行に置くのか。
日本企業だけに投資するのか。
それとも、世界全体の成長に広く参加するのか。
今は個人でも、低コストで世界中に分散投資できる時代である。
インデックスファンドやETFを通じて、世界経済の成長に乗ることが可能になった。
かつてのように一部の富裕層だけの特権ではない。
とはいえ、投資は万能ではない。
短期的には価格は上下する。
暴落もある。
だからこそ重要なのは、「長期」「分散」「継続」という基本原則である。
感情に流されず、時間を味方につける姿勢が求められる。
日本の停滞を経験した世代にとって、投資には恐怖があるかもしれない。
しかし、世界経済の長期的な成長という大きな流れを見れば、過度に恐れる必要はない。
むしろ何もしないことのリスク──すなわちインフレによる資産の目減り──にも目を向けるべきである。
「貯金より投資」とは、無謀なリスクを取れという意味ではない。
資本主義社会に生きる以上、経済の成長に参加する側に回ることが重要だ、という提案である。
日本の「失われた30年」は、国内だけを見続けた結果とも言える。
これからの30年は、世界を視野に入れ、自らの資産をどう配置するかが問われる時代である。
守るだけでなく、育てる。
その発想の転換こそが、「貯金より投資」と言われる本当の理由なのである。
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