スイカがもたらした幸せなひととき

フリーマン柴賢二郎の流儀

~そよ風に吹かれて、ゆっくりと歩いていこう~

世の中に起きている不思議なことや、独り言などをゆる~く書き綴る

何の専門家でもない私が経済的自由を得て、人生のこと、世の中のこと、

幸せについてなど、一般庶民の目線で考える

 

スイカがもたらした幸せなひととき

昨日、今年初のスイカを食べた。

このあと今季中に食べなければ、今回が今年、最初で最後のスイカとなる。

それは我が家のとなりの家で暮らす両親が、狭い庭で育てたスイカだ。

私は時々、両親の様子を見がてら訪問するのだが、ちょうどリビングの窓からそのスイカがよく見えていた。

父の趣味であるが、歳をとるにつれて庭で野菜を育てるようになった。

そこで、今年はスイカへのチャレンジとなったそうだ。

 

品種は小玉のスイカだと言っていたが、私が最初に見た時は、10センチにも満たないくらいの小さなスイカが3個育っていた。

これがまた、見るたびに大きくなっていくのがわかると、だんだんと可愛く思えてくる。

育てている両親にしてみるとなおさらだろう。

それからはとなりを訪問した時は、庭のスイカを見ながら話しをするのがお決まりとなっていった。

 

そして昨日、ついに収穫の時が来た。

両親がスイカを1個持って我が家へやってきた。

小玉とはいえ見るからにスイカらしいスイカだった。

満面の笑顔でスイカを抱えた両親の写真を撮り、遠方で暮らす叔母に送った。

 

別の1個をお昼に一緒に食べようとのお誘いに、家内と二人で訪問すると、4等分されてお皿にのったスイカは、一応ちゃんとしたスイカだった。

早速いただきながら、それぞれ品評を言い合い、父が一生懸命育てた苦労話で盛り上がった。

 

思い返すと、子供の頃はこうしてよく家族でスイカを食べたな。

どれも楽しいひと時だったという、いい思い出ばかりだ。

月日がたち、両親は高齢者となり、我が家の子供達はとっくに大人になり、もちろん私たち夫婦も中年になり、しかし時代は変わってもスイカがもたらしてくれる楽しい雰囲気は変わらない。

幸せって、こういうことなんだろうな。

スイカよ、ありがとう。

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