フリーマン柴賢二郎の流儀
~そよ風に吹かれて、ゆっくりと歩いていこう~
世の中に起きている不思議なことや、独り言などをゆる~く書き綴る
何の専門家でもない私が経済的自由を得て、人生のこと、世の中のこと、
幸せについてなど、一般庶民の目線で考える
「風よ、鈴鹿へ」と、私のバイク仲間
8月3日、三重県鈴鹿市の鈴鹿サーキットで、オートバイの「鈴鹿8時間耐久ロードレース」が開催された。
バイク好きの連中たちの間では、「8耐(ハチタイ)」の名前で通っている。
今回、10年ぶりくらいに行ってきた8耐について書くこととする。
まず、オートバイに全く興味がない方々に向けて、この「鈴鹿8時間耐久ロードレース」とは何なのか、を簡単に説明する。
毎年真夏に開催される国内最大級の2輪の耐久レースで、1978年に始まり今年は第46回目の開催となる。
1つのチームで2~3人のライダーが交代でマシンを走らせ、レース開始から8時間後に振られるチェッカーフラッグを目指し、最も多くの周回数をこなしたチームが優勝となる。
簡単に書けばこの通りのわけだが、このままだと「おんなじところをグルグル回っていて何がおもしろいの?」となってしまう。
ではなぜ、真夏の炎天下のイベントにこれほど多くのファンが全国から集まるのか、少し私の目線からも解説を加えよう。
今年も50チーム以上の参加があり、マシンはホンダなど国内4メーカーに加え、最近では外車勢も増えてきた。
莫大な資金力があるメーカー直属のチームから、限られたわずかな資金で個人的に参加しているプライベートチームまでさまざまだ。
チーム体制も当然、優劣が出てしまう。
資金力を活かして最高のライダー、最高のスタッフ、最高のマシンで、威信をかけて必勝態勢でレースに臨むチームから、何から何まで自分でやり、自らもライダーを務め、参戦して8時間走りきることを目標にするチームまでさまざまだ。
ライダーは何を目標として走るのか?
真夏の炎天下、コースの路面温度は70℃近くまで熱くなり、その上を革ツナギを着て走るライダーに求められるのは、テクニックは当然として、集中力、体力など、想像し難いものだ。さらにライバルとの駆け引きをしながらも、マシンに余計な負荷をかけてはいけないし、まして転倒などは致命的となる。
マシンはどのように仕上げるのか?
8時間を最高な状態で走りきるためには、ハイパワーだけを追求しすぎると途中でエンジンが壊れてしまうかもしれないし、ガソリン1ccも無駄にできないことに加えてライダーの精神的負担を軽減するために、扱いにくいエンジン特性であってはならい。
サスペンションの設定や、空気抵抗の低減も重要だ。
チーム監督やメカニックをはじめ、全スタッフを含めた総力戦でなければ戦いに勝つことなどできないレースなのだ。
このように、8時間のレースの裏には多くのドラマがあり、レースが終わった後には観客を含めて全員が感動の涙を流せる、これこそが「8耐」の魅力に他ならない。
私は「8耐」の観戦回数としては、おそらく10回は超えるが、初めて行ったのは確か大学2年の時だった。
その時代はバイク人口も今とは比較にならないほど多く、参加チーム数にしても観客数にしても、かなり多かったと記憶している。
それからもたびたび「8耐」へ行っていた。
ここまで書いておいて恐縮だが、今年は知人に誘われたものの、この連日の猛暑のせいで実はあまり気乗りしていなかったのだ。
ところが開催の少し前になって、あることがきっかけとなって、「また感動を味わいたい」となった。
それは1曲の歌のおかげだ。
曲名は「風よ、鈴鹿へ」といい、この曲は1988年に島田紳助が中心となって8耐チーム(チーム・シンスケ)を作り、みんなの奮戦を描いたドラマが放映され、その主題歌となった曲だ。
今でもその曲を聴くと感動が胸に甦ってくる。
この曲がたまたま先日行った車中泊の帰り道に流れたのだ。
これはもう、鈴鹿へ行くしかない。
行かない選択肢などない。
「行け」と神様が告げている。
すぐに知人に「観戦に行く」ことを連絡し、同時にもう一人の知人も誘い、中年のおじさん達3人で行くことになった。
実はこの3人、もう25年以上も付き合いのあるバイク仲間だ。
この3人で、本当によく走った。
多くの想い出も共有している。
今回3人で8耐に行ったのは、もう10年ぶりくらいになるが、往復の道中も、レース観戦中も、すべて本当に楽しかった。
とりあえず近いうちにまた3人集まって、最近私がVHSテープのデジタル化をした昔の3人のバイクのビデオでも見よう、と計画中だ。